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放射能の除染はできない

原発事故でまき散らされた放射性物質の「除染」が問題になっている。行政は初めから放射能の影響を軽視して来たため、計測も処置も行き当たりばったりでまともに行わず、一般庶民が心配して率先してきたためにようやく重い腰を上げつつあるが、いまだに徹底とは程遠い。

この中で、「除染」という言葉が盛んに使われている。今国会で成立する見込みの放射性物質に関する特別措置法案にも、除染が一つの重要な項目になっている。だが、「除染」という言葉は、あたかも、本当に「汚染が除かれる」ような誤解を招く。実際は、「放射性物質の汚染は除くことができない」のであって、除染の名の下で行われることの実体は「移染」または「散染」に過ぎない。

運動場の表土や汚れた瓦礫を集めて埋めるのは「移染」であって、放射線量は却って強くなっている。 集めても、安全な処理方法も安全な捨て場もない。埋められた場所はしっかり管理しないと、却って危険がますかも知れない。集積する場所を例えば福島原発敷地内のように、当分の間使うことが出来ず、しかも人の侵入を防げる場所に限定すればまだマシだが、あちこちに分散すれば、そのうちどこに捨てたかわからなくなって、少しも安全にはならない。

汚れた建物や道路、道具類や食料品などを水で洗浄するのは「散染」といえるだろう。汚染物を洗い流した水は、そのうちどこかに広がる。放射性物質は決して消えない。放射線の健康被害が濃度に比例する確率で表されるとしたら、放射性物質は分散しても被害を受ける人の数は減らない。

いったんは拡散した放射性物質も、そのうちまた下水道の汚泥その他によって濃縮される。海に流れた汚染物は魚類に濃縮される。こうして放射性物質は循環する。結局、放射性物質による汚染は除くことができず、常に何らかの形で身辺の目に見えないところ、気が付かないところに存在して人々を危険にさらし続けるのである。

「除染」という言葉は、そのような放射性物質のやっかいな現実を覆い隠してしまう。大切なことは、除染は不可能だということを人々がより強く認識することだ。そうして、放射性物質で汚染するようなことは二度としてしてはいけないと肝に銘ずることだ。2011年8月16日


  1. 2011/08/16(火) 11:02:34|
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