FC2ブログ

縮小の時代

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

自然はカネを取らない

環境を守るためにカネがかかるのは当たり前と思う人が多い。
環境を守るためにカネをかけるべきだという人が多い。
カネをかけて「環境にやさしい製品」を買い満足している人が多い。

しかし、環境にかけるカネは、一体誰に払っているのか?
自然環境は誰にもカネを請求しない。恵み深い自然は、すべてのものを無料で提供してくれる。環境を守るためにかかるカネとは、環境保護の名目で人間が利用する財やサービスの代価である。その代価を請求するのは、財やサービスを生産した人間であり、その点では、一般の財やサービスと全く変わりない。

環境を守るための財やサービスを売って得たカネを使うのも人間である。
人間は、そのカネを何に使うのか? 他の財やサービスを買うために使う。
環境保護を業とする人達の目的は、他の財やサービスを買うカネを稼ぐためである。

財やサービスの生産は、必ず環境に負担をかける。化石燃料、鉱物資源、生物資源を全く消費せず、廃棄物も全く出さずに、いかなる財もサービスも生産することはできない。
したがって、環境を守るためにカネをかければかけるほど、環境に大きな負担をかける。
これが最も基本的な原則である。

もちろん、少しでもカネがかかる環境保護がすべて環境負担を大きくするとは限らず、中には本当に環境負担を軽くする場合もあるが、多くの場合、化学汚染などを化石燃料消費という、直接の被害が目立たない他の環境負担への置き換えである。だが、化石燃料の消費という環境負担は、他の環境負担への置き換えはできない。したがって、社会全体としての費用が嵩むものは、結局は化石燃料の消費を増やすことに他ならない。

財やサービスの生産によって得たカネが再び他の財やサービスの消費に使われ、その財やサービスを生産するために更に資源やエネルギーが消費されるという事実は、同位元素の発見でノーベル化学賞を受賞し、後に経済学者に転じたフレデリック・ソディ―が、1920年代に「カネは環境にとっては請求書であり、負担である」と看破している通りである。

カネを生み、カネを要求し、カネを使うのは自然ではなく人間である。そのカネは自然から資源を請求する。カネが請求する自然資源は、究極的には化石燃料である。
従来より安上がりになる環境保護なら、信じてもよいだろう。しかし、カネがかかる環境保護には要注意である。再生可能エネルギーだから、自然エネルギーだからという言葉に簡単に騙されてはならない。原子力村が大衆を誤魔化し続けてきたと同じように、その裏には大いなるウソがあるかも知れない。なぜカネがかかっても環境保護になるのか、一つ一つ自分で納得がゆくまで確かめる必要がある。
2011年8月1日


  1. 2011/08/01(月) 12:24:54|
  2. 環境
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<家庭用蓄電システムはムダが多い | ホーム | 耐性試験のIAEA評価は原発推進のため>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://shitou23.blog.fc2.com/tb.php/66-b3927f82
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

石田靖彦

Author:石田靖彦

フリーエリア

最新記事

----------

過去の記事一覧

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (15)
環境 (20)
エネルギー (29)
原発 (45)
伝統文化 (0)
科学と技術 (21)
政治 (12)
政治・社会・経済 (48)
文化 (3)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。