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縮小の時代

「自然エネルギー」という欺瞞語

原発は要らないと言う人が増えて来たのは大変喜ばしいが、その替りに自然エネルギーを推進せよという主張が多い。原発の安全神話には騙されない人でも、「自然エネルギー」という言葉には簡単に騙されている。

自然エネルギーを推進する人達がどういう意味で自然エネルギーという言葉を使っているのかわからないが、どうやら太陽光発電や風力発電を指しており、石炭、石油などの化石燃料は自然エネルギーには属さないらしい。だが、これは極めて非科学的な言葉の使い方である。

エネルギー保存の法則により、人間はエネルギー源を造り出すことができない。天然に存在する未加工のエネルギー媒体が一次エネルギーであって、自然エネルギーとは一次エネルギーと同義である。石炭、原油も自然エネルギーにほかならない。

したがって、一次エネルギーに人手を加えたエネルギー(二次エネルギー)は自然エネルギーではない。といっても、採掘、集積、運搬のような人手が加っても、エネルギー媒体の形が変らなければ、自然エネルギーと呼んでも差し支えなかろう。コークス、木炭、ガソリンなどは元の石炭、材木、原油から人工的に成分を変えたものなので、二次エネルギーであり、自然エネルギーとは言えない。それでも、電力に比べれば自然度は高い。

太陽輻射、風力、水力も太陽熱温水器、風車、水車のようにそのままの形で使えば自然エネルギーだが、電力に変えたら自然エネルギーではなくなる。電力は人工の塊のようなもので、自然エネルギーからは最も遠い。だからこそ磨き上げた良質のエネルギーなのだ。

太陽光発電や風力発電を再生可能エネルギーと言うのも大きな誤りである。発電のためには再生不可能な化石燃料や材料資源を大量に使わなければならない。

太陽光発電や風力発電を自然エネルギーとか再生可能エネルギーとか呼ぶのは、それらが大量の非再生可能資源を使って加工されたエネルギーであることを誤魔化すもので、原子力発電は「発電する時にCO2を出さない」からクリーンだという屁理屈と大差ない。

このような欺瞞語を使っては理にかなった議論ができるわけがない。英語にもnatural energyという言葉はあるようだが、エネルギー関連の書物や論文ではほとんど見かけないのは、使う意義がないからだろう。

太陽光発電も風力発電も、エネルギー密度の薄さや天候•時刻による変動などの制約があるだけでなく、自然エネルギーでも再生可能エネルギーでもないという事実からしても、現在の化石燃料や原子力発電の代替にはならない。

いくら脱原発や環境保護をうたっても、太陽光発電のような手の込んだ人工的なエネルギーの推進をはかるだけでは、大量消費の容認と一層の消費拡大につながる。地球環境破壊への道から何も踏み出さない。

本当に環境を保護し、持続可能な社会にするためには、原発をやめると同時に、化石燃料の総消費量に厳しい上限を設けなければならない。

太陽光発電がなかなか普及しないのは高くつくからだが、高くつくのは、結局は化石燃料を余計に使うからである。「試論:お金のかかる環境保護は本物か」を参照。

太陽光発電が本当に化石燃料消費を減らし、エネルギー供給量を増やすことができるのなら、税金を使って無理して推進しなくても、経済原理で自然に普及するはずだ。(2011年5月10日)

  1. 2011/05/10(火) 13:43:59|
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