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縮小の時代

足るを知る

現在フランスで開催されているOECD閣僚理事会で、管首相は省エネルギーをエネルギー政策の一つの柱に掲げ、「足るを知る」という言葉を紹介しながら「適切な欲望の水準を知ることの大切さ」を強調したという。日テレニュース

原発事故も地球環境破壊も、みな足るを知らない人間の物欲の窮みである。戦争も、人が人を支配したり差別したりすることもそうだ。およそ、人間社会のほとんど全ての悪は、際限のない物欲から生じている。

原発は不必要というより、子孫の生存権を奪う最悪のものだから、あってはならない。しかし、脱原発だけでは地球環境問題の解決にならない。現在のような大量消費を続けていれば、遠からずエネルギーや資源の不足や環境汚染によって、子孫の生存権を損なうことになる。

エネルギー需要があるからエネルギー供給を増やす、エネルギー源がなくなるから次のエネルギー源を捜す、という考え方そのものを変えなければならない時期が来ている。

「そんなことを言ったって、要るものは要る、エネルギーが足りないと生活に困る、経済が小さくなったら失業者が増えて困る」という声が聞こえて来そうだ。

要るものを要るだけ供給することがいつまでもできれば、敢えて消費を減らせなどと言わなくてもよいだろう。エネルギーさえあれば、少なくても理屈の上では何とかなる問題も多い。

しかし、それは不可能である。どんな技術を以てしても、使いたいだけのエネルギーが使えるようになる見込みは、現在のところない。必要だ、あって当たり前だと思っている物が不足し始めると悲惨な世の中になるからこそ、消費を減らしてなくても困らないようにしておくしかないのである。

技術を夢見るのはよい。技術者が夢の技術に生涯をかけるのもよい。夢が実現したら、その時はいくらでも利用すればよい。しかし、現実の社会は夢をあてにするわけにはいかない。

電力会社は原子力に替るエネルギー源を模索し始めたようだが、その必要はない。現在の火力と水力だけでも、いや、それよりもっと少なくても、文化的な生活には全く支障を来さないだろう。

電力が足りないと考えるのはやめ、供給可能な電力量に需要を合わせることを考えるべきである。その一つは累進率の高い電力料金である。使用量比例でなく、使用量にしたがって単価も高くする。この累進率は需要が供給可能な範囲に収まるように決める。

足るを知るということは我慢することではない。自分の心を物欲から開放すれば、より充実した心豊かな生活が送れるということである。あれが欲しい、これが欲しいという気持ちも、恐らくは、心の底から出たものではなく、世の中にあふれる商業主義の宣伝に駆り立てられ、知らぬ間に植えつけられたものだろう。

足るを知れば経済成長しなくても困らない、失業のない安定した経済社会にすることができる。

今より遥かに物の少ない大昔の人でさえ、足るを知ることの大切さ説いている。現代人がいかに質素な生活をしても、昔の人から見ればこの上なく豊かに見えるだろう。実際に質素倹約の生活をすれば、我慢しているという気持ちより、開放感や充実感の方が大きくなるだろう。
2011年5月26日

  1. 2011/05/26(木) 14:44:47|
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