FC2ブログ

縮小の時代

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

道徳教育は必要だが

日本では、小学校は2018年度から、中学はで2019年度から道徳が教科になる。道徳を教科にすることには反対の声もある。その最も大きな理由は、一定の価値観、特に政府や現体制に都合の良い価値観の押し付けてはいけないということだろう。学校での国旗掲揚や国歌斉唱の義務化、従わない教員への罰などは、確かにあってはならないことだ。現在の安部内閣が軍事国家を目指し、言論の制限を強化していることも、道徳の教科化がますます安部好みの道徳観を強制するのではないかという懸念がある。

確かに、現体制の下での道徳教科化は、危険の面がある。だが、だから道徳教育がいけないというのは、道徳をいうものを十把ひとからげにしか考えていない、少々荒い論理である。

愛国心、国旗、国歌、天皇制、愛社精神、愛校心、上司や権力者への従順を強制するのは、権力者に都合の良い思想を押し付けることで、道徳の本質ではなく、むしろ、本当の道徳に反する。これらが心のうちに自然に生ずるのは良い。しかしそれは教えられるからではなく、自分にとっても誰にとっても本当に素晴らしい国であり会社であり学校だと実感するからこそ自然に生じるのであり、そう思わせるような国や会社や学校にすることが先決なのである。

本当の道徳とは、他人を配慮する心、すなわち自分を尊重すると同様に他人を尊重することにある。これは個人的自由の最大化とは矛盾することがある。自由には相対的な面もあり、一人の自由は他人の自由を奪うことによって拡大する場合があるからだ。したがって、自由も他人への配慮を失わない範囲に限定する必要がある。自由とは、他人の同様な自由を損なわない限りにおいて認められるのである。

他人への配慮は、社会にとって最も必要で、これがなかったら社会は成り立たない。全ての人間が、他人のことは全く構わず、ただ自分の利益のために、自分勝手に振舞う状況を想像してみるとよい。そこには、愛も、感動も、感謝も、文化もなく、したがって幸福を感じることは絶対にないだろう。それでは社会という集団を造って暮らす意味がない。動物の群れの方がましなくらいだ。

現在の教育は、戦前戦中の嫌な経験からでもあるが、道徳を完全に無視している。これがそもそも間違いで、一切の道徳教育を拒否する前に、何が必要な道徳で何が教える必要のない道徳かをきちんと検討すべきであった。政治的中立と同様、道徳にも中立はあり得ない。道徳に全く触れないことは、結果的に、社会一般に流布している道徳感に染めることになる。自然に流布している道徳感も政治思想も、結局は時の支配層の道徳感であり政治思想に偏っている。

現在の社会は利己主義から成り立っている。他人のことを考えず、自分の利益のためにだけ最善を尽くせ、というのである。これは現在の自由市場経済を信奉する経済学者や、そういう社会の恩恵を受ける強者が振りまいている道徳感である。その結果が現在の社会に蔓延している格差であり、雇用条件の悪化であり、人種・身分差別であり、人間不信であり、環境破壊であり、犯罪である。利己主義社会は既に末期的な症状を示している。

道徳は学校でもきちんと教えるべきである。家庭での教育も大切だが、学校での教育はより効果が大きい。したがって、道徳を教科にすることは賛成だ。ただし、他人を自分と同じように大切にすること、自分がして欲しくないことは他人にもしないこと、自分の利益のために他人の利益を犠牲にしないこと、など等、一言で言えば「他人を配慮する心」それだけでよい。これは絶対に必要なことである。そこから生じる礼儀作法も教えて良いかも知れない。上位者への無条件の服従は道徳とは言えないが、年長者に敬意を払うことは悪いことではない。誰でも必ず年長者になるから、これは平等に反しない。それ以外は、特に愛国心や国旗・国歌、天皇への無条件の崇拝は絶対に教えてはいけない。

道徳の教科化には賛成でも、現在の状況では、愛国心や国旗・国歌の義務化、上位者への服従など偽の道徳に重点が置かれてしまうという懸念はある。道徳教育をする側に正しい道徳感がなければ、正しい道徳教育はとうていできない。現在の社会や、文科省に管理された教育界にあるのは、正しい道徳感よりも、むしろ危険な偽の道徳感が強い。他人、特に弱者への思いやりなど露ほどもなく、ただ己の物欲と権力の位置にいたいだけの政治家ばかりがうようよしている。こんな現在では、今すぐ道徳の教科化は心配だ。子供の道徳教育をする前に、大人が、社会が、とくに政治家をはじめとする社会の指導的立場にある人達が正しい道徳を身に付けなければならない。

また、教科になっても、それを点数で評価してはいけない。他人への配慮は点数ではなく、これに点数をつけたら、他人への配慮でも思いやりでもなくなり、自分の利益のためになってしまうからだ。それでは道徳でない。■
2016年7月26日
  1. 2016/07/26(火) 12:19:13|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<借金行政は金持ちと大企業のため | ホーム | 英国のEU離脱は縮小の始まり>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://shitou23.blog.fc2.com/tb.php/187-ac488451
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

石田靖彦

Author:石田靖彦

フリーエリア

最新記事

----------

過去の記事一覧

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (15)
環境 (20)
エネルギー (29)
原発 (45)
伝統文化 (0)
科学と技術 (21)
政治 (12)
政治・社会・経済 (48)
文化 (3)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。