縮小の時代

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新三本の矢―問題は餅にあり

第三次安倍内閣の新三本の矢政策は、2020年までに「GDP600兆円(2014年490兆円)」「特殊出生率1.8(2014年1.42)」「介護離職なし(現在約10万人)」という数値目標を出している。これに対しては、各新聞からも疑問の声が多い。具体的手段が示されていない、目標が現状とあまりにも離れ過ぎている、支持率回復を狙ったスローガンに過ぎない、といった類である。

しかし、これらはいずれも、言って見れば「絵に描いた餅」という批判であって、「餅」を求めること、すなわち、経済成長を目指すこと、人口減少を抑えることには異論がないらしく、何の批判もない。介護離職(家族や親の介護を理由に離職)なしという目標は賛成だが、いまさら経済成長や人口維持を望むこと自体が問題である。

一体、GDPが600兆になることに何の意味があるのだろうか。日本は既に十分豊かである。十分というより、必要以上に豊かである。毎日のテレビや新聞は、新製品やグルメ、娯楽、芸能、スポーツなどの話題に溢れている。その多くは人間の品性や理知性とは関係なく、むしろそれを堕落させるような、無い方が良いくらいの物事である。GDPを増やすことは、ますます下らない製品やサービスを増やし、既に将来世代の生活さえ保障できないほど減少してしまった資源をますます浪費するだけだ。

GDPが増えれば貧困が減るというのも、全く事実に反する。近年、貧困率が増えて来たのはGDPが少な過ぎるためでも成長率が低過ぎるためでもなく、格差が広がったためである。規制を緩和して派遣労働や非正規の雇用を簡単にし、人間は使い捨てしやすい労働力商品にされて来た。GDPが増えても、増加分の多くは少数の経営者、株主、上級社員に集中するだけだ。

現在の経済学は、人間の欲望すなわち需要は無限であるという前提に立っている。不景気は需要不足が原因だから、公共事業によって需要を増やせば良いというケインズ流の考え方(新自由主義的な経済思想が主流になった現在でも生きている)も、需要は喚起すれば湧き上がることが前提である。(ただし、ケインズ自身も、当時までの識者たちも、人間の欲望は必要を満たせば十分で、無限とは考えていなかったようだ。人間の欲望は無限だと掻き立てているのは、現在の経済成長至上主義思想なのである。)

現在は、技術革新こそイノベーションであり、経済成長の原動力という考え方が浸透し、企業は人心を引き付ける新技術、新製品の開発に躍起である。政府もそれに期待をかけ、多大な援助を惜しまないどころか、大学には人文社会系を縮小して付加価値の高い科学技術系に力を入れさせようとまでしている。

中でも注目を集めているのはロボットのようである。家事や介護の代行、動物並みの愛玩用、その他様々な方面でロボットが導入されれば、自動車のような経済効果があると期待されている。一流大学でさえ、率先して科学技術研究に力を入れているが、これも経済成長のために不要な需要を無理やり掘り起こすために過ぎず、学問の本分である人間性の向上からも、理想とすべき社会像を求めることからも、離れるばかりである。

効用にも逓減の法則があって、物が多くなればなるほど、更に増えたことによる効用は減少する。現在の世の中は既に便利な製品が満ち溢れており、これ以上何か新製品が現れても、高いカネを出して買っただけの幸福感は得られない。マスコミは、新技術製品の開発を持ち上げ、如何にも素晴らしいことのように報道するが、実際には、それに踊らされる人はあまり多くはないだろう。例えば、家庭用ロボットが入れば家庭が楽しくなるとも便利になるとも思えないし、ロボットによる介護など老人も病人も喜ばないだろう。今後は、自動車、冷蔵庫、洗濯機、テレビなどが入った時のように、本当に便利で豊かになったという実感を感じさせる新製品はもはや現れないだろう。それは悲観論ではなく、その方が良いのだ。

人口減少の抑制も、結局は、人口減少は経済を縮小させるからという理由に過ぎない。日本の国土は世界でも稀なほど自然の資源に恵まれていると思うが[*]、それでも、人口1億2000万は多過ぎる。食糧や日常生活に必要な最小限の道具を作るための材料やエネルギーは、現在はほとんどを外国からの輸入に頼っているが、先進国の何倍もの人口を持つ途上国が急激に成長を続けている。更に、輸送が全面的に依存している石油は、今後急速に不足して来る。これらのことから、資源や製品の価格も輸送費も、近い将来の高騰は目に見えており、輸入依存の体制が何時までも続けられる可能性はほとんどない。食糧も生活必需品も、輸入依存率をなるべく下げる必要があることを考えれば、人口は現在の半分から3分の1まで減らす必要がある。
[*]我々は、日本は可耕地面積が小さく、資源に恵まれない国だと小学校時代から教えられて来た。しかし、少ないのは石油や金属類の資源であって、これらは、歴史的にはほんの短い化石燃料時代、それに依存する技術時代が過ぎれば、あまり重要ではなくなる。最終的には豊かな森と海にきれいな淡水、および変化に富み比較的温暖な気候、これこそが、将来半永久的に人間社会を支える最も重要な自然資源なのである。

人口は人為的には減らせない。自然減少は絶好の機会である。これも、度を超えて繁栄し過ぎた人間を減らして正常な地球に戻すための、神(自然)のなせる業かも知れない。人口減少の過程では、労働人口の割合が低くなるのはやむを得ないが、高齢者の健康増進と労働環境の整備、所得の再分配といった方法で解決すべきである。出生率増加による解決は、結局は将来の世代にとって、より深刻で悲惨な結果となるだけだ。

結局、経済成長はもはや利より害の方が多く、善でなく悪になっている。貧困を減らすためという経済成長の掛け声は、減少しつつある貴重な資源による富を、ますます一部の富者に集中させるためのごまかしに過ぎない。絵に描いた餅か手の届く餅かの議論より、食べたい餅なのか、必要な餅なのかという議論をもっと起こすべきである。

経済は人間が生きる目的ではなく手段に過ぎない。しかるに、本来は人類や国民の将来を第一に考えるべき政治家が、現在は目先の経済利益、それも真の利益とはほど遠い、虚構の富に過ぎないただの金銭的利益のことしか考えない、私欲優先の俗物ばかりになっている。利己主義が出発点だから、人間や社会はどうあるべきかを考えることなど、全く意識に無いのである。第三次安倍内閣の顔ぶれも、そういう理念や知識教養のありそうな人物は一人も見えない。こんな人物が国政を担えば、日本はますます悪くなるばかりだ。唯一つ希望があるとすれば、この酷い馬鹿馬鹿しさが、人々がそこから目覚める日が来るのを早めることである。■
2015年10月11日
  1. 2015/10/11(日) 12:50:20|
  2. 政治・社会・経済
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