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燃料電池車への補助は誰のためか

トヨタが2015年に日本、アメリカ、ヨーロッパで燃料電池自動車(FCV)の販売を始めると発表した。ホンダを初め世界の他社も負けずと燃料電池車の開発を急いでいる。マスコミは次世代の究極のエコカーと呼び、日本の技術がまた世界の先端に立っていると持ち上げている。トヨタの販売価格は700万円と非常に高価だが、日本の政府は普及を図るために燃料電池車の購入者に通常車との価格差の1/2に当る1台200万円以上の補助を出すそうだ。更にトヨタの地元愛知県では、通常車両との価格差の1/4を補助し、国の補助との併用もできるというから、愛知県では最低でも300万円、販売価格の43%もの補助が出ることになる。車など買いたくても買えない人達が苦労して納めた税金からである。

日本では被雇用者の37%が非正規(総務省2013年)で、平均年収は正規467万円に対し非正規は168万円しかない(国税庁2012年)。日本の子供の16%は年収122万円以下の貧困家庭という。一方では、そんな貧しい大衆から吸い取る消費税を上げておきながら、一方では400万円、500万円もする乗用車を買える富裕層を助けるために税金が使われる。その金の行き先は勿論、世界有数の自動車生産企業である。しかも、後述するように、燃料自動車の普及はあり得ないのである。これだけでも不公平極まりないが、そればかりではなく、燃料電池自動車が環境負担の小さな究極のエコカーなどという事もまた、科学的な裏付けが全くない誇張広告である。

燃料電池自動車を究極のエコカーと呼ぶ主な理由を見ると:
①燃料が水素だから排気は水だけで環境を汚さない;
②燃料電池は非常に効率が高い;
③水素は種々な一次エネルギー源から造れる;
④水素は宇宙で最も豊富に存在する元素である。;
となっている。これら皆間違いではないが、これだけでは自動車の生産も走行もできない。こんな理由で燃料電池自動車を究極のエコカーと宣伝するのは誇大広告と同じで、それを簡単に信じて疑わないマスコミや一般の人々も幼稚過ぎる。ちょっと考えて見ればわかるように、実際には問題点だらけで、燃料電池自動車はエコカーどころか、却って環境負担を増す可能性の方が高い。開発担当者ならそれを知らない筈はなく、本当に知らないとしたら科学技術者としてはお粗末に過ぎる。だが、燃料電池車や水素社会を推進する人達は、それらの疑念はすべて無視し、環境を大切にしたいと言う人々を騙し続けているのである。以下、主な問題点を簡単に挙げて見よう:

水以外に大量の汚染物を排出する
自動車が出す排気は水だけだが、水素を造る過程で多量の温室効果ガスや汚染物を排出する。水素を造る当面の原料は天然ガス(メタン)の水蒸気改質だから、当然CO2も出す。水蒸気改質は高温反応だから、メタンの一部は加熱のために使われる。Zubrinによると、加熱の効率を72%(甘い見積り)とすると、20モルの水素を造るために7モルのメタンを使い、7モルのCO2を出す[1]。つまり、1モルのメタンを使って2.86モルの水素が造られ、1モルのCO2が出るのである。一方、1モルのメタンの低位発熱量は811kJだが、2.86モルの水素は698kJしかない。つまり、水素にすると、メタンをそのまま燃やすより発熱量が86%に下がってしまうので、同じ発熱量を得るとCO2の排出量は17%増えてしまうのである。
[1] ZUBRIN, Robert " The Hydrogen Hoax " THE NEW ATLANTES, A Journal of Technology & Society, Winter 2007- 11 http://www.thenewatlantis.com/publications/the-hydrogen-hoax

また、燃料電池はは貴金属や希土類元素を大量に使うので、その採掘精製、使用後の回収やリサイクルにはかなりの化石燃料が使われ、種々な汚染物を出す。これらが主として環境基準の甘い途上国で行われれば、環境負担は計り知れない。携帯電話機のような小さな商品でも、廃品を集めてリサイクルをしている中国では環境汚染が深刻である。

効率は高くない
燃料電池は非常に効率が高いと信じられているが、実際はそれほどでもない。自動車に使われる固体高分子型燃料電池の発電効率は30-40%と言われるが、天然ガスの火力発電所では40%以上であり、ガソリンエンジンでも30%、ディーゼルエンジンなら40%以上は可能である。内燃機関は低負荷での効率が非常に悪いから、エンジンと車両の組合せ(性能に余裕のあるエンジンほど効率が悪くなる)や走り方(加減速が激しいと効率が悪い)によっては燃料電池の方が効率には有利かも知れないが、燃料電池もまた30-40%という効率は電池単体での値で、負荷変動、始動性、応答性、耐久性などを考慮した実用車になると、それよりかなり下がるのは確実である。

水素は製造の際にも損失が大きい。メタンの水蒸気改質では、上に述べたように効率は良くても86%程度である。水の電気分解の場合は、商業的な利用ではエネルギー効率は70%ほど[2]だが、その前に火力発電の効率が40%程度だから、合計の効率は28%しかない。
[2] ROMM, Joseph J. "The Hype About Hydrogen" Island Press, 2005. p73

水素は運搬と貯蔵の際にも大きな損失がある。圧縮水素の場合、5000psi(約340気圧)に圧縮するのに、水素のエネルギーの20%を使う[2]というから、トヨタFCVの70MP(約691気圧)ではこれ以上である。このエネルギーは圧縮水素に蓄えられるので、車載の高圧タンクから水素を取り出す際に、その圧力を何かの仕事に利用すれば取戻せるが、実際にはタンクから出る水素は少しずつだから、圧力エネルギーはそのまま捨てられて損失になるだろう。液化水素の場合は-253℃以下に冷却しなければならないから、更にエネルギーを使い、水素エネルギーの40%にもなる[2]。車載タンクが70MPだと、スタンドではそれ以上の圧力でなければならないので、更に損失が増える。
[2]ROMM、前掲

水素はエネルギー密度が低いうえ、高圧タンクは頑丈でなければならないから、運搬の損失も大きい。アメリカの安全基準からすると、5000psiの鋼鉄製水素タンクの重さは中の水素の65倍にもなり、200kgの水素(ガソリン760L 相当)の運搬には13tトラックが必要という[1]。圧力がこの倍以上になり、技術の改善があったとしても、かなりの運搬エネルギーを要することには変りない。水素は非常に漏れやすいので、漏れ損失も馬鹿にならない。長期間駐車しておくと燃料がなくなってしまい、囲まれた車庫や地下駐車場などでは漏れた水素が充満して非常に危険である。
[1]ZUBRIN、前掲

以上のすべてを考慮すると、天然ガスが水素の原料だと、エネルギー効率もCO2排出量も、燃料電池車はガソリン車より却って悪く可能性がある。原料の天然ガスから自動車の車輪を動かすまでの実際の効率がどの位かを見積もる手がかりになるデータはどのメーカーも公表していないので、わからない。トヨタのHP[3]のどこを見ても効率が良いとは書いてない。そこにはすぐわかる嘘はつけないという、多少は正直な気持ちが現れている。
[3] http://www.toyota.co.jp/jpn/tech/environment/fcv/

水素は一次エネルギーではない
水素の製法には天然ガスなど化石燃料の熱分解の他に、原子力による熱分解、水の電気分解など様々あることは事実である。水の電気分解なら水力、風力、太陽光その他どんな一次エネルギーからでも、発電さえできれば水素が造れる。しかし、水素は他の一次エネルギー源から人工的に造る二次エネルギーだから、水素を使うことはエネルギー資源問題の緩和には何も寄与しない。むしろ、一次エネルギー源からのエネルギー転換の回数が多く、多くの複雑な機器を必要とすることから、却って一次エネルギーの消費を増加させるだろう。

化石燃料が使えなくなれば水力、太陽光、風力、潮力、地熱などの再生可能エネルギーから発電した電力が水素製造のエネルギー源になると想定されているようだが、いずれも、発電可能量が限られ、現在の一般家庭の電力需要さえ十分に満たせないだろうから、その上膨大な量の自動車を動かすだけのエネルギーはとても得られない。化石燃料が使えなくなるということは、燃料電池や自動車の生産も十分にできない(原材料の採掘から最終製品の完成までには大量の化石燃料を必要とする)ことだから、自動車そのものが一般の人には手が届かないものになる。

水素分子は天然にはほとんど存在しない
水素が宇宙で最も多い元素であるのは確かなようだが、地球に存在する水素は水、炭化水素などの化合物であって、燃料に使う水素分子(H2)はほとんど存在しない。水素(H2)は非常に軽い気体だから、仮に地球史の中で生成された事があったとしても、地球の重力圏に留めておくことができないのである。「宇宙で最も多い元素」など、水素がいかにも豊富にある資源だと思わせるような言い方はごまかし以外の何ものでもない。

水素社会は原発の推進に繋がる
水素の需要が高くなり、天然ガス資源が乏しくなれば、電気分解法で水素を製造するための電力が必要になる。将来は太陽光、風力、地熱、水力など再生可能エネルギー源からの発電を考えている人が多いようだが、それらの全てを合わせても、発電可能量は極めて少なく、現在の家庭用電力需要さえ満足に満たせないほどだから、自動車燃料に回すほどの余裕はない。まして、化石燃料が乏しい時代に大量の燃料電池や自動車を生産することさえできない。太陽光発電などの地域分散型発電では、地域ごとに電気分解装置や圧縮貯蔵装置が必要になり、効率が悪すぎて問題外だろう。

そうすると原発という話が必ず出て来る。したがって、燃料電池車の普及は原発推進派にとっては願ってもない話なのである。発電でなく原子炉の高温熱分解による水素製造法も開発されているようだが、原子力の危険性は発電と変らない。経産省が大金を補助して燃料電池自動車を普及させようとす魂胆も原子力の推進にあるのではないだろうか。これは電気自動車でも同じである。日本が燃料電池車や電気自動車の世界的普及に貢献することは、世界中に原子力発電を推し進めることでもあるのだ。

燃料電池車の普及はあり得ない
政府が補助金をつける名目は、普及を促進するためだが、現在の自動車に取って代わるほどの普及どころか、十分に価格が下がるほどの普及はあり得ない。まず、鶏が先か卵が先かの問題がある。水素燃料の補給所が少ないと燃料電池車を買う人は増えず、逆に、燃料電池車の数が増えないと燃料補給所は増えない。高圧縮貯蔵にせよ、液化貯蔵にせよ、水素のタンクおよび燃料出し入れの設備は非常に高価になり、運転経費もかかる。水素補給所に莫大な投資をしても利益を回収できる見込みはなく、進んで水素補給所を営もうという人はほとんどいないだろう。

水素の運搬損失を避けるために、運搬は天然ガスで行い、スタンドで水素を造るという方法もあるが、これは更に設備が高価になる。スタンドで電気分解する場合でも膨大な費用がかかることは同じである。Zubrinは次のような計算をしている:
―――――――――――――
1kgの水素のエネルギーは、ほぼ1ガロン(約3.8L)のガソリンに相当するから、スタンド経営者がガソリン販売と同等な利益(ガロン当り0.20ドルで1日200ドル)を得るためには1日1000kgの水素を販売する。水の電気分解に要するエネルギーは約16.3万kJ/kg(効率85%と仮定)だから、1日1000kgの水素を造るには1日1.63億kJ=45278kWhの電力を使う。現在の電気料金$0.06/kWh(約6円。日本の家庭用電力は約25円)では、1日2717ドル。これだけの電気分解に24時間かけるとすると、電力は1900kWとなり、通常の家庭の1000倍。電気分解は低圧大電流で、この場合は数10万アンペアになる。1900kWの電解装置も高価。現在だと1000万ドル以上かかる。30年だと月当り10万ドル。この他に高価なタンクや圧縮機や液化装置が要るから、それだけの投資で1日200ドルの利益では誰も手を出さないだろう[Zbrin、前掲]。
―――――――――――――
燃料電池車がガソリン車に取って代わるためには長い年月がかかり、その間は両方の補給所が併設されなければならない。社会全体として見たら膨大な無駄である。政府は、将来は燃料電池車時代だと扇動し、補給所の営業者を増やすために補助金を出すかもしれない。しかしそれに乗って投資した人が大損をするのは目に見えている。補給所だけではない。自動車用水素の製造から運搬まで、現在のガソリンと同様な社会的インフラが必要だが、これもガソリンとの併用だから、二重のインフラになる。

日本自動車工業会によると、2013年の日本の保有台数は乗用車が6004万台である。国庫から燃料電池車1台当り200万円を補助すると、合計2兆円出しても100万台で、乗用車保有台数のたったの1.6%にしかならず、普及に弾みがつくまでにはとても行かない。結局、燃料電池車購入の政府補助は、普及にも環境にも資源の節約にも何もならず、大企業にくれてやるようなものである。その大企業もまた、燃料電池車開発への多大な投資は、大きな損失になるに違いない。

計画経済が嫌いな政府の計画経済
レーガン、サッチャー時代から現在に引き継がれている新自由主義は、市場原理を重視して、企業行動に対する政府の制限や干渉を最小限にするものである。その考えに基づいて、数々の規制緩和が行われたが、弱い立場の労働者や中小企業は苦しめられ、格差が広がっている。その自由経済主義者が最も嫌うのは市場への政府の介入や計画経済である。計画経済はうまく行かない、社会主義国を見よ、資源の配分を自由経済以上に合理的に計画することは人間には不可能というのがその理由だろう。にもかかわらず、エコカーとかエコ製品とか称して、政府は特定の商品に多大な政府の予算を投じている。原発技術や次世代技術開発への予算支出も同じである。これらは皆、計画経済そのもの、しかも、資源や環境を考慮した、将来社会のための計画ではなく、ただ大企業や野心家に金を恵んでやるためだけの計画的配分でなくて何だろうか。
2014年8月24日


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