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平和憲法を危うくする経済成長の幻想

参院選は与党の勝利に終った。国会で憲法変更を発議するには3分の2以上の賛成が必要だが、新聞社の調査によると、今回の改選、非改選を含めた参議院議員の約4分の3が憲法変更に賛成しているそうだ。世論調査でも過半数が憲法変更に賛成という。憲法変更の主な狙いは戦争放棄をやめて武力行使を認め、軍備を増強することだから、世界に誇る日本の平和憲法も先行きが怪しくなってきた。

戦争の原因は、古今東西を通じて、資源の奪い合いに帰するといってもいいだろう。近年は、高度な技術製品の普及と中国やインドを初めとした大人口国の高度経済成長により、希少資源を含めた多種多様の資源とエネルギーへの需要がますます増加しつつある。その一方で、地球の資源供給力には明確に限界が見え始めた。このため、各国とも資源の確保が最も重要な課題になっている。近隣国との領土問題も、一国の尊厳を守るとか、主権を守るとか、あるいは愛国主義に見せかけて、軍国化の促進に利用される。昔から住民が住んでいたか、付近の住民の生活圏であった土地や島が他国に蹂躙され占領されたのなら話は別だが、誰の生活圏にもなっていない無人島に対する主権の主張は、結局は資源を独り占めしようという醜い貪欲の現れに過ぎない。資源の独占さえ望まなければ、敢えて自国の領土だと主張する必要はないのだ(本ブログ2012年8月17日「これでいいのか領有権争い」)。

大量の資源を欲しがるのは、大量消費経済と経済成長である。現在は、世界中の国々が不断の経済成長を最重要な政治目標としている。日本でも、自民や民主を初めとしてどの政党も景気回復・経済成長を最も重視しているという点では変りない。「元気の出る日本」とか「日本を取り戻す」という、大衆を引き付ける耳触りのより言葉が指しているのも、結局は好景気の再来、言い換えれば無駄な消費の増大に他ならない。現在の有権者は、大部分が物に溢れた大量消費の環境で育っており、それ以外の生活をする自分など想像もできないから、生活を守るための資源の確保は絶対に必要だという考えにほとんと疑問を持たない。そのため、領土問題が騒がれれば軍国化への抵抗が薄れてしまう。世論調査で憲法変更に賛成が過半数を占めるようになった事にも、このような、大量消費・成長経済への執着⇒資源確保が必要⇒国際紛争や領土問題で負けてはならない⇒軍備増強に賛成という筋書きが読める。

したがって、経済成長・大量消費の維持と戦争放棄とは究極的には矛盾することになる。ところが、現在は、経済成長を重視する政党ばかりで、自民、民社、そこから分離した各党は無論のこと、共産党や社民党もまた景気回復を明確にうたっている。これでは、どの政党が政権をとっても同じである。今は憲法変更に反対でも、資源問題から経済が行きづまり、外国との資源争いが危急になれば、簡単に「平和憲法の放棄」に傾いてしまう可能性もある。共産党や社民党も、絶対に平和憲法を守るつもりなら、景気回復などという幻想は捨てて、脱大量消費・脱経済成長を目指さなければ、理論が矛盾してしまうのだ。僅かに緑の党だけが脱経済成長を明示しているが、今回の参院選では一人も当選者を出せなかった。有権者の意識はまだまだ薄い。

生産と消費には必ずエネルギー、材料、生物といった資源を必要とするが、それらの資源のすべては自然界から供給される。経済成長には必ずこれら資源消費の増大が伴う。技術改善やサービス産業など物質消費の少ない産業によって、物質消費を減らしながら経済成長するという考えがあるが、それは幻想である。技術が提供するサービスの資源消費量に対する割合、すなわち効率は技術的に改善されても、それが真に物質消費を減少させるならば、経済成長ではなく、経済を縮小させる筈だ。もし経済成長になるとしたら、それは、製造販売の利潤率(人件費を含む)が増えたり、リバウンド効果[1]によって却って物質の総消費量が増えたからである。利潤率の増加による経済成長は、サービス産業による経済成長と同じで、金銭上の生産額の増加にはなるが、それは必ず新たな物質消費を引き起こす。なぜなら、第一に、「増えた所得をモノの消費の増加に使わない」のでは、所得増加の意味がない。第二に、物質量が増えずにGDPだけが増えても、これは物質の価格上昇、あるいはバブルに過ぎず、豊かさには何も貢献しない。第三に、モノがなくてもいくらでもGDPが増えるのなら、産業革命以前の農業社会でも高度経済成長や無限の成長持続があってしかるべきだが、そのような例はない。

世界の経済、特に先進国の経済は既に限度を超えて成長し過ぎた。化石燃料や鉱物といった非再生可能資源の残存量が急速に減少しつつあるだけでなく、再生可能な水系、陸系の生物資源もまた再生能力を超えた勢いで収奪されつつある。廃棄物を同化・無害化する能力という自然の資源もまた、大量消費に伴う大量廃棄によって損なわれている。もはや、世界中の国々が経済成長を続けることはもとより、先進国が現在の大量消費の生活水準を今後長く続けることも不可能になっているのだ。世界の物質的豊かさは、いまやゼロサムゲームである。一国、或いは一人が豊かになれば他国または他人の豊かさがそれだけ減らなければならない。最近の諸物価の上昇が、原油や原材料の価格上昇によると理由づけられているように、資源減少の経済への影響が、あきらかに大きくなり始めたのである。

ところが、現在はほとんどの人がこの事実を無視し、年率数%の経済成長を回復し、維持するが可能だと思い込んでいる。思い込んでいるというより、幻想であることを知りつつ、その幻想にしがみつこうとしている、と言った方が当たっているかもしれない。政府は、莫大な財政赤字にもかかわらず、次世代の経済の柱を目指して科学技術の開発に多大な予算を費やしているが、新たな技術製品の普及は、結局は新たな資源の需要を惹き起こすことになる。その上、そもそも、今以上の新製品などもはや生活に必要ではないのである。

こうして、無駄でありかつ不可能な大量消費と経済成長を続けるために、無駄な投資をし、その上平和憲法を捨てて戦争も辞さず、軍備という無駄な消費を増加させようとする。これが現在の日本がやろうとしていることである。経済成長へのこだわりは軍国化を再来させ、平和を損なう。仮に軍事力で資源を確保しても、軍事力で守られた経済の繁栄など全く意味がない。いや、国際化した経済の下では、軍事力による一国だけの経済繁栄自体があり得ないことなのだ。経済成長神話からきっぱりと手を切り、足るを知る倹約の生活に戻る。行き詰まりつつある現在の方向を変え、喜ばしい生活を取り戻すためには、これ以外にない。

[1]リバウンド効果:例えば、ある技術製品のエネルギー効率向上が、却って社会全体のエネルギー消費量を増加させる。効率向上で経費が安くなり、運転時間や普及率が高まることによる。
2013年8月2日

  1. 2013/08/02(金) 15:19:14|
  2. 政治・社会・経済
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
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コメント

No title

世界レベルでの経済破綻とエネルギー枯渇という形でしか、間違った経済活動を修正することはできないような気がします。
  1. 2013/08/20(火) 14:10:48 |
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