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アカデミズムは原発災害にどう向き合うのか

一昨日(2月11日)東京で開かれた表題のシンポジウムに参加した。福島大学原発災害支援フォーラム(FGF)と東京大学原発災害支援フォーラム(TGF)の共催で、同名の本(合同出版)の出版記念でもある。以下はその感想。

福島原発事故の後、少数の若い学者達が、学者としての使命感からFGFやTGFを立ち上げ、被害を最小限に抑えようと積極的に活動していることには大きな拍手を送りたい。被害を最小限に防ぐための放射線測定、身の回りの除染、市民相談など、本来なら直ちに出動しなければいけない役所も専門化も、何もしないどころか、逆に「心配ない、安全だ」を繰り返して市民が危険にさらされ続けるのを放置する、そんな状況を前にして、自ら率先して現場に赴き、あるいは大学や自治体の当局に、一方的な楽観視でなく、危険の可能性をも考慮して相応に対処すべきだと申し入れをして来たのである。低線量放射線の影響についてはまだ定説がない。だからこそ、影響の可能性の方を重んじるのが科学的な態度であり、予防原則であるという彼らの最も基本的論点は、極めて当然で全く批判の余地はない。

シンポジウムの表題が示すように、この時こそ真実のために声を上げるべき日本の学者達の多くは沈黙のままだし、「学者達の世界」全体としても、政府、自治体、東電と同じように、むしろ放射能の影響を過小評価する側に立っている。このため、FGFやTGFの活動も公的な支援が少ないばかりか、大学内部からさえ抵抗を受け、今でもその状況は続いている。それにもかかわらず信念を貫こうとしている学者達の勇気は立派だ。

学者達の世界(アカデミー)が原発事故に対してなぜ今のような姿勢を取るのだろうか。シンポジウムで、東大の安冨教授はいみじくも「大学は大学業界でアカデミズムとは別だ」と述べておられた。現在の大学は、私学は言うまでもなく、国立大学も教員もそれぞれ独立採算的経営を迫られている。国からの給付があっても、求められるのは、今では経済利益の追求を最優先する国家という企業への貢献である。経済的利益に結びつかない限り何もできなくなっているのだ。

本来のアカデミズム(学問の精神)から離れた企業化は、大学の経営に留まらずアカデミー全体に及んでいる。企業内の個人評価が成果主義になっているのと同様に、学者の評価もまた論文数や受賞などの目に見える成果だけになっている。論文数を増やそうとすればどうしても研究対象が細分化し、重箱の隅をつつくような研究が増える。専門の細分化は、井戸の中の専門家の判断を絶対化して外部の意見を軽視する。こうして、アカデミーそのものが研究を生きている人間や社会から切り離し、それより目に見える研究の成果の方を重視してしまう。このようなアカデミーの状況は、今では日本だけに限らないようだ。

大学の目的は研究だけではない。むしろ、研究より教育すなわち人間を作ることの方が大事だ。大学が少数の間は指導者養成の意味もあったが、進学率が多くなった現在では、人間として、社会人として、共同体の一員として立派な人間に育て上げるこそ、経済利益のための研究より優先すべきだが、企業化した大学はまさにその逆である。

今回のシンポジウムでの発表は、福島原発事故の後でFGFやTGFの人達が何をしてきたかが主で、「アカデミズムは今後どうすべきか」までは、あまり議論が届かなかった。しかし、やはり、人類の将来を正しい方向に導くために最も大きな力を持ち、その責任を背負っているのはアカデミズムである。

シンポジウムの最後のセッションで、司会の安富教授がパネラーの一人一人に千葉柏市の態度が変った理由は何故かと尋ねていた。柏市はたまたま放射線量のホットスポットになっているが、市役所は初めは健康に影響ないとして特別な対応をしようとしなかった。理由は、東大の柏キャンパスに置かれた線量計も高い値を示していたが、東大当局が「東京大学環境放射線情報」というウェブで健康に影響ないと流していたからである。東大がそういうのだから間違いない、というのが、柏市の見方だった。ところが、TGFが東大当局に健康に影響ないという公表をやめるように申し入た。当局は、最初のうちはもともと自然石の放射能が高い地域などといい加減な理由をつけていたが、とうとうTGFの論理的な説得に負けて「健康に影響ない」は削除した。その結果、柏市も放射線の対策を取るようになったのである。だが、このように態度を変えたのは柏市だけで、他の自治体は、相変わらず心配ないという姿勢を取り続けている。

パネラーの回答にはなかったが、柏市が態度を変えたのは東大当局が態度を改めたからである(東大全体が放射能の危険を重視する姿勢に変ったわけではないが)。そして、東大当局が変ったのは、TGFが申し入れたからであり、その論理的、科学的な説得を当局が認めざるを得なかったからである。やはり、科学的、論理的な説明が政府を直接動かす大きな力であり、その力を持っているのがアカデミーである。政府を動かす世論の形成にもアカデミーが発する正しい情報が欠かせない。アカデミーの役割は、言うまでもなく、選択の誤りを最小限に防ぐための、信頼のおける正しい情報を社会に提供することで、それでなければ学者が高い社会的地位を与えられている意味は全くなく、アカデミーの権威も偽物である。

原発災害に対する日本の無責任な対処の仕方は、今後、原発の世界的な増加を促し、将来もっと大きな事故が、もっと多く起って地球を破滅させる危険を高める。この現状は、良識ある学者の献身的な努力だけでは、なかなか変えられそうもない。結局、最大の課題は、半ば腐った、企業化した現在のアカデミーおよび大学を、いかにして本来のアカデミズムの世界に戻すか、ということである。これは大変難しい問題で、私にも回答は見当たらないが、諦めないで頑張って欲しいものだ。ヒントになるのは、シンポジウムでも紹介された「福島人権宣言」である。福島に限らず人権、すべての人間に与えられた権利として当り前のことが書いてある。学問の世界もこれを遵守することを再確認すれば、行き方も変ってくるのではないか。
2013年2月13日


  1. 2013/02/13(水) 23:02:56|
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