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女性の労働参加はよいことずくめか

経済活性化のために女性が働きにでること推奨する意見が多い。以下はその例である;

・安倍首相は5日午後の衆院本会議で「女性の力の活用や社会参画の促進が、強い経済を取り戻すために不可欠だ。女性の活躍を強力に支援していく」と述べた(中国新2月5日);

・経済的な機会と成果における根強い男女格差を減らすことは、公平、平等という観点のみならず、日本の長期的な成長を促進する上でも不可欠である。特に、女性の労働参加が増加すれば、高齢化による影響を緩和すると言う効果も規定できる。(「日本再生のための政策OECDの提言」p.18) http://www.oecd.org/general/50190707.pdf

・「女性の社会進出が日本の経済成長のカギ」(IMF報告書)、「2020年までに各分野で指導的立場の女性を30%に」(内閣府男女共同参画局)…いずれも頷ける話です(Diamond Online 1月21日)

・我が国においても,女性の参画促進を経済社会の活性化につなげていくという視点が重要である。「内閣府男女共同参画局 男女共同参画白書(概要版) 平成23年版 第3章」
http://www.gender.go.jp/whitepaper/h23/
gaiyou/html/honpen/b1_s03.html

これらは、誰でも賛成しそうなことのように思える。最近はウーマノミックスなどという言葉さえあるようだ。だが、ちょっと待てよと言いたい。

経済活性化のために女性が働くということは、女性を労働力という商品にすることだ。女性だけでなく、現在の経済は男性も労働力という商品にさせられている。商品だから、労働市場において、需要と供給によってその価格(賃金)が決まる。売主(労働者)はできるだけ高く売ろうとし、買主(雇い主)はできるだけ安い賃金で買おうとする。

現在の社会はすべてを商品にする社会である。労働力も、知識も、自然資源も、環境も、スポーツも、文化的社会的遺産も、何もかも商品にして貨幣に変える。現代人の最大の関心は、いかに商品化するものを見つけ、売り込むかである。だが、これらはすべて、本来は商品として存在するのではない。生活必需品も、もともとは商品のために造るのではなく、自分が生きるために自分で造るものだった。まして、スポーツはなおさらである。環境も自然資源も本来は全人類の共有で、商品化には略奪的な私有化が伴う。現代社会の深刻な問題の多くは、すべてを商品化することがもたらしたものである。

人間が体や頭を動かすことは、生きることそのものである。これを労働力という商品価値でしか見ないことは、人生はすべてカネだという観念を一層深く人々に植え付ける。経済活性化のために女性が働くことを推奨するのも同じ観念による。この観念が人間の格差を拡げ、市場経済を非人間的にし、才のある者、カネのある者にますますカネが集まる仕組みを造る。女性も男性と同じような商品になるべきだ、というのは、男女平等には違いないが、これが本当に人間尊重に基づいた望ましい平等かどうか、大きな疑問を感じざるを得ない。

現在は経済活動として働いている女性が非常に多い。中には収入よりも社会的な使命感をもって働いている女性も決して少なくない。独身女性は生きるために必要である。しかし、多くの女性は、夫の収入だけでは足りないから働いている。今の経済社会は、国際競争力の名の下に賃金をどんどん下げる一方で、「社会に貢献」「自己実現」「社会との接触」「見聞を広める」などの美辞麗句を並べて女性がもっと安い労働力を売るように勧め、当の女性も自分にそう言い聞かせてやむを得ず育児や家事を犠牲にしている。しかし実際は創造力も知恵も要らない決められた手順通りの単純仕事が多い。家事育児との両立や、好きな時間だけ働く自由度がある、などと言ってパート労働が増えたが、実際は労働時間も結構長く、結局は正規社員の雇用が減ってパートや非正規社員ばかりが増え、男性も含む全体の賃金水準をますます下げている。

もし夫の給料だけで十分なら、貨幣収入のために働く女性はもっと少ないだろう。それでも働きたい場合は、現在のようなつまらない仕事でなく、本当に自分が喜びを感ずる仕事を選ぶだろう。また、所得のためでなく趣味や教養に励んだり、社会活動に励む人もいるだろう。男性もまた、できれば賃金のための仕事はほどほどにしてもっとほかの事をしたいと思っている人が多いに違いない。

女性の経済活動参加を推奨することにもう一つひっかかりを感じるのは、育児や家事を経済活動より価値の低い仕事と見ているように思えるからである。しかし、育児や家事は決して価値の低い単純仕事ではない。子育ては全人格を投入して「次世代の人間を作る」仕事であり、家事は広い科学的知識と創造力を必要とする高度な仕事といえる。いずれも、つまらない商品の生産や販売より遥かに価値がある。

人は充実した、幸福な人生を求めて働く。中でも最大の幸福は家族の幸福だから、働く目的の大部分は家庭にある。したがって、家庭の仕事は、どの生産活動より上位に置いてしかるべきなのだ。現在は家庭の仕事や他の活動より会社の仕事を最優先にすることが当然とされているが、ここにはカネ本意、企業本意の観念も投影している。医者、教育その他の緊急または社会的に非常に重要な場合は別として、家庭より優先すべき仕事はそれほど多くないだろう。

働くことは人生そのものだ。人生は商品ではない。商品化してはいけない。もちろん、現在は所得のために働かざるを得ない。独身生活でなければ、家庭の仕事を男女である程度分担することになる。その場合、男女のどちらが分担するか、共働きするかどうかは自由であるべきだが、合意で決めればよいことである。夫だけの所得で十分なら、妻は家庭の仕事に専念するのも自然であり、それが専業主婦である。現在は専業主婦はいかにも時代遅れのように言われているが、夫も妻も子供もそれを望んでいれば、それが一番幸福な姿、あって当然の姿であって、妻も外で働けという必要は全くない。時間の余裕があれば他の社会活動や自分を高めるための活動はいくらでもある。

現在の問題は、女性が労働力を商品化していないことではなく、夫の賃金では家庭が支えられなくなっていることにある。昔と比べて今は非常に高い生産力がある。それなのに却って賃金は減少して生活が苦しくなっている。生産力が上がって所得が増えた分は、ますます少数の人間に集中しているのである。女性が外で働くことを促すより、こんな不公平な分配の改善をすることの方がよほど大事なことではないだろうか。
2013年2月10日


  1. 2013/02/10(日) 12:39:40|
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