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縮小の時代

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再生可能エネルギー100%の社会

シェールオイル、シェールガス、メタンハイドレートなど未利用化石燃料の埋蔵量がまだ豊富にあるといっても、枯渇性である以上、いずれは無くなる。採掘と精製に多くのエネルギーを要する(後に残ったものほどエネルギーが要る)ため、実際に取り出せる正味のエネルギーは、埋蔵エネルギーよりかなり少ない。化石燃料の大量消費時代は長く続かず、近いうちに再生可能エネルギー社会に転換して行くことになる。

再生可能エネルギー社会とは、人々の日常生活や経済生産が主として再生可能エネルギーで支えられる社会である。化石燃料の利用が完全に0になることはないだろうが、化石燃料が無くても特に困らず、普通の生活も経済も成り立つような社会と考える。

再生可能エネルギー社会とはどんな社会だろうか。まず、究極の「再生可能エネルギー100%」の社会を考えてみる。

その前に注意すべきは、社会の基盤エネルギーは火力ということである。文明は火の使用から始まった。現在でも、電力は日本の最終エネルギー消費の1/4程度に過ぎず、エネルギー需要の大部分は火力である(工業および家庭の熱源、交通燃料など)。電力も主として火力から造られ、その逆は極めて効率が悪い。化石燃料が基盤エネルギーたり得たのも、火力源だからと言える。再生可能な火力エネルギー源はバイオマスしかない。

現在のエネルギー最終消費の3/4にも相当する膨大な火力エネルギーをバイオマスで補うことはもとより不可能である。現在の日本では、一次エネルギー総供給量のうち、バイオマスが占める割合は1%にも満たず、都市では一般家庭でもバイオマスはほとんど使っていない。再生可能エネルギー社会であるためには、エネルギー需要そのものを非常に小さくしなければならないことがこれでわかる。

バイオエネルギーを増やせる余地は少ない。他国からの輸入は持続不可能だから論外である。資源エネルギー庁の資料によると、日本のバイオマス資源は木質系、食品残渣、排泄物合わせても、化石燃料国内供給量の7.7%でしかない(2009)。これも楽観的で、脱化石燃料時代は食糧の自給率を高めなければならず、しかも化学肥料や農業機械の使用が減って生産力も落ちるから、農地の増加の方が先決になる。植物廃棄物をすべて燃やして土に還さなくすれば植物が育たなくなる。藻からバイオ燃料を作ることについても、本ブログ13年1月9日の記事に書いた。輸送用燃料も少なく高価になるので、自家用車も飛行機も一般人が気軽に使うことはできないだろう。電気自動車もほとんど使えないことは、以下を読んでも想像がつく。庶民の交通手段は鉄道、自転車、バスになる。広域物流や海外貿易も減って、地産地消が進む。

太陽光発電や風力発電についてはどうか。現在、これらの装置の生産には、各種材料の採掘製錬、部品生産、輸送、最終製品の組み立てなどで大量の化石燃料が火力として使われている。再生可能エネルギー時代には、これらの火力源はすべてバイオエネルギーで賄うことになる。発電した電力を水素に変えて火力に使うことも理屈では考えられるが、著しく効率が悪く、特殊な場合以外は実用的でない。少ないバイオエネルギーで作れる発電装置の量は僅かでしかなから、これらの発電量もまた少量に限られる。ただし、電力を使う各種電気機器の生産量もまた限られるから、電力の需要もまたかなり減少する。

太陽光発電も風力発電も発電は人間の意のままにならず、時間的に大きく変動し、時には両方とも全く発電しない。これを補うために、太陽光/風力発電の設備容量にほぼ等しい他の発電設備が要る。この補助発電に水力発電や地熱発電を用いるのは意味がない。両者とも発電時の燃料も経費も0(建設時は含まず)だから、ふだん待機して変動の補完として使うより、こちらを優先発電として常に稼働させた方がよい。(地熱発電は負荷変動への応答性が悪いという点でも変動対応の補助発電に向かない。)

そこで、水力/地熱発電を優先的に使い、それ以上の電力需要がある時に太陽光/風力発電で補えばいいという事になるが、それでは太陽光/風力発電の発電変動には対応できず、電圧・周波数の大きな変動や停電が頻繁に起きる。この変動を補うためには、太陽光/風力発電の設備容量とほぼ同じだけの火力発電所が必要である。火力はバイオしかないが、発電に使えるバイオは極めて少ない。それに、バイオ火力で発電変動を補うのは非常に効率が悪い。第一に、バイオマスは化石燃料に比べて発熱量が少ない(石炭の半分程度)ので、温度が上がらず効率も低い。第二に、固形バイオマスの発電は蒸気タービン式になるが、これは応答性が悪い。第三に、応答性を上げるためにバイオマスを液体燃料に加工してガスタービン方式にすると、その燃料加工で大きなエネルギー損失が出る。第四に、変動補助の発電では負荷変動が激しく、低負荷運転やアイドリング待機が長いので、非常に効率が悪い。これらを考えると、少ししかない貴重なバイオマスを太陽光/風力発電の補助発電に使うのは、非常に無駄が多く馬鹿げていることになる。

また、水力/地熱発電で需要が足りている場合は、太陽光/風力発電の電力は、蓄電できない限り全く無駄になる。発電量を全量有効に使ったとしても、もともと利用効率が悪い(設備容量に対して、太陽光発電は日本では平均11.4%、風力はドイツでも10数%)のが、更に利用効率が悪くなり、無駄の方が多くなるだろう。結局、再生可能エネルギー100%の社会では、太陽光発電も風力発電も貴重なバイオマスを無駄にするだけで、無い方がましだろう。言い換えれば、これらは火力依存、現在では化石燃料依存の発電なのである。

太陽光/風力発電の化石燃料削減効果は一般に信じられているよりかなり小さく、却って化石燃料の消費を増やしていると疑う根拠の方が多いのだが、それはさておいて、仮に多少の効果があったとしても、それは化石燃料がまだ大量に使われている時代にほんの少し使われる場合に限られるだろう。風力発電を推進しているドイツで2012年発電量の21.9%が再生可能エネルギーになったのを見習えという人が多いが、これは水力なども含んだ数値で、風力発電(7.3%)と太陽光発電(4.6%)は合わせて11.9%しかない。GWPF(The Global Warming Policy Foundation)によると、それでも、発電変動に対応できず停電が起きたり、ドイツが北部から南部の需要地に送電する経由地でもあり電力の輸入国でもある近隣のポーランドやチェコでは停電などの被害を被っており、国境でドイツの「エコ電力」が無断で入ってくるのを遮断する装置を建設しているという。

太陽光/風力発電は蓄電でも変動を防ぐことができる。しかし、電池は蓄電量に比べて大型で、大量の資源(希少資源も多い)を使う。これらの生産もすべて火力はバイオで賄わなければならないとなると、それほど大量には作れない。ダムに蓄えるのはどうか。これも、現在以上にダムを作るのは難しいし、遠い海から水を戻すのは大変だから、ダムの下に使った水の貯蔵池を別に作らなければならないが、そんな場所はあまりない。小規模の貯水はどうか。現在、家庭では平均して1日10kWhの電力を使っている。これを1/10まで減らしたとしても1日1kWh(3.6MJ)で、このエネルギーは、揚水/再発電のエネルギー損失を0としても、1m3の水の高さ367mの位置エネルギーに相当する(1kgf•m = 9.8J)。高さ3.67mなら水の量は100m3、重さ100トン、縦横10m深さ1mの屋上プールとなり、どこでも作れる大きさではない。上下に二か所など更に無理だろう。

結局、再生可能エネルギー社会の電力は水力発電と地熱発電で、貴重なバイオエネルギーを使って時間をかけて建設する。両方合わせても、供給力は現在の電力消費にくらべるとかなり小さい。太陽光/風力発電は損失が大きいから、使うのは特別な場合だけ、あるいは、変動を前提とした使い方、すなわち、発電しない時は電気を使わない、という使い方しかない。

以上のように、再生可能エネルギー100%の時代とは、利用できるエネルギーの総量が極めて少ない時代である。現在の社会が高エネルギー密度でかつ量的に豊富な化石燃料の上に築かれたのに対して、再生可能エネルギー社会は、エネルギー密度が小さい、しかも使える量が圧倒的に少ないバイオエネルギーの上に乗った社会で、今までとは非常に違った文明の形になる。僅かなバイオエネルギーでは、発電装置も電気製品も大量には作れない。電力のように大量の資源を使う高級なエネルギーはあまり使えないだろう。

再生可能エネルギー社会と言うと、ほとんどの人は太陽光発電、風力発電、地熱発電、バイオエネルギーの推進といった、エネルギー供給側にのみ関心が集中している。カネがかかっても太陽光発電や風力発電を積極的に増やすことが大切だという主張ばかりで、重要側については、「省エネルギー」といった言葉も聞かれはするが、どの程度の省エネルギーが必要かまで言及されることはない。その行き着く先として目に浮かぶのは、住宅や建物の屋根、空き地、高原、海中の至る所に太陽電池パネル、風車、大型の蓄電池などがある光景である。そんな物量に溢れた社会は、化石燃料による大量消費社会でしかあり得ず、それだけで再生可能エネルギー社会、脱物質の時代とはかけ離れている。

最も重要なことは、再生可能エネルギー社会になることは、再生可能エネルギーの供給を増やすことではなく、エネルギー消費自体を減少することなのである。それには、技術的な効率向上だけではとうてい及ばない。我々の日常生活や社会のあり方を、再生可能エネルギーの供給量に見合った低エネルギー消費態勢に変えてゆくことが何より大切である。これに気が付かないと、次世代に向けてのエネルギー政策は大きな誤りを犯すことになる。太陽光/風力発電など、エネルギーや資材を大量に使う機器の普及を無理に図ることは、却って化石燃料の大量消費を助長するし、行き着く先の再生可能エネルギー社会に合わない、逆方向の社会を造り出す。エネルギー消費の削減とは化石燃料消費の削減である。そうすれば自然に再生可能エネルギーの割合が増えてゆき、その行き着く先が再生可能エネルギー社会なのである。

それでも再生可能エネルギー社会に向かって我々の生活を変えて行かなければならない。化石燃料消費を急にやめるのは不可能だが、確実に減らして行かない限り、社会の持続は不可能なのだ。そのための最良の策は、年間消費量を毎年一定の率で減らすことだろう。例えば毎年1%ずつ減らして行けば、残存資源の耐用年数(可採年数)は常に100年が保たれ、準持続可能な状態が続く。石油は現在の耐用年数が40年ほどだから、毎年2.5%の消費削減をすれば永久に耐用年数40年が続くが、これでも28年毎に許容消費量が半減する。
いずれにせよ、再生可能エネルギーによる代替などを考えるのでなく、化石燃料の消費を早急かつ大胆に削減することが先決である。
2013年2月6日


  1. 2013/02/06(水) 14:28:32|
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