縮小の時代

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アベノミクスの基本的問題―もはや成長の時代ではない

安倍政権が経済再生のために掲げた「公共事業」「大胆な金融緩和」「成長戦略」という「3本の矢」政策に対しては、著名な経済専門家からの批判も少なからずあり、インターネットでも読むことができる。しかし、これらの批判のほとんどは「景気回復」「経済成長」に効果があるかどうか、という視点からであって、経済成長を求める姿勢に対しての批判はほとんど見当たらない。

問題の根本はそこにある。安倍自民党にかかわらず、民主党でも、または世界のどの政権党でも同じだが、現在のこの時代に相変わらず経済成長を求めることこそが問題で、その姿勢で向かう限り、どんな政策をとっても根本的な問題解決は不可能である。

「3本の矢」の狙いは「消費・投資の拡大」である。公共事業は民間の消費が足りないからそれを刺激するための財政支出であり、金融緩和は企業や個人の借金による消費・投資を促進するためであり、成長戦略はこれから消費が伸びそうな分野への投資を促進することである。

だが、現在消費・投資が伸びないのは、今までのように単なる一時的な変動によるのではなく、経済成長そのものが限界が達しているからだ。今までは、一時的に景気の変動はあっても、全体的には消費の増加という、産業革命以来の歴史途上にあった。家電製品、自動車、情報機器など、それまでに存在しなかった便利な道具が次々と出現し、それを所有することによって、生活水準の上昇を実感することができた。それ以前の、非常に少ない物だけの極めてつつましい生活の時代から、現在の豊かな社会に至るまでの、人類史の一幕、それも、それまでの長い人類史からみれば、驚嘆すべき急激な成長のほんの短い一幕である。

この経済成長路線には二つの大きな前提がある。その一つは、化石燃料を始めとする地球資源はいつでも必要なだけ消費が可能ということであり、他の一つは、特に戦後にあっては、人々の物質的欲求も際限がない、ということである。これら前提を有効に活用したのは技術だった。

この二つの前提は、今まではあまり問題がないように見えた。そのため、景気の変動や大恐慌が繰り返されても、経済政策によって成長路線を回復させることができた。環境破壊も早くから懸念されてはいたが、技術的対応によって、問題を緩和しながら経済成長を続けることができた(もちろん、この緩和は先進国の見かけだけで、地球全体からみると環境は悪化の一途をたどっている)。

しかし、森羅万象あらゆるものに成長期、絶頂期、衰退期があって、人間の経済社会もそれを逃れることはできない。物事が調和を保って存在するのは、あらゆる成長にはいつか必ず反対の力が働いて無限の成長を不可能にするからだ。成長主義の世界経済は、現在では既に絶頂期の近くにある。今がちょうど絶頂期なのか、その少し前なのか、後なのかはわからないが、先進国の成長速度の長年の鈍化は、成長と反対の力が既に働いていることを示している。エネルギー、材料資源ほか、あらゆる資源の供給力が限界を超えた。これ以上の経済成長がもはや不可能であることは、普通の、常識的な理性の持ち主なら容易に理解できるはずだが、不思議なことに、経済専門家や政治家になるとこれがわからないらしい。わかっても、それに目を向けさせないのが経済や政治の世界だろう。

現在の歴史の段階がこうである以上、どんな政策をとっても経済成長路線の回復は不可能だし、仮に景気回復してもそれは一時的なものに過ぎず、社会問題の改善という意味では何の役にも立たないだろう。もう少し具体的に書けば:

・「金融緩和」:現在、企業は既に投資先がなく資産過剰だから、これ以上金融緩和しても投資が増えない。消費物質も、生活水準の向上が実感できるような、新たに欲しい物は特にない。金目の物も買い替えだけだ。企業に有利な成長政策で人々の生活は不安定になり、将来の見通しも立たないから、個人消費は伸びない。
・「公共投資」:それが経済成長を生み出すのに効果的な投資にならないから、一時的に消費が増加しても一時的だけに終わる。土建屋や建築業者が儲けるだけ。公共投資は必要だが、経済成長のための公共投資は必要ない。
・「経済成長戦略」:結局は新技術開発が頼りだが、上で述べたように、現在はモノは十分足りており、これ以上生活水準の上昇を実感させるような、誰もが欲しがる新商品はない。自動車ですら、既に要らないと思う人が増えている。それに、新たな技術開発とは経済成長のための技術、カネのための技術に過ぎない。そんなものが世の中に増えても、環境負担を増やすだけで、益より害の方が大きい。環境技術による経済成長も、ごまかしであり、幻想である。経済成長とは環境負荷を増すことであり、経済成長させるような技術が環境によい筈はないのだ。

経済成長による生活水準の向上には、益の部分もあった一方で、数々の社会的不公平ももたらしてきた。特に成長が限界近くに達したにもかかわらず、一層の経済成長を促すために、規制緩和や福祉の後退で企業の利益至上主義を助長し、更にはカネがカネを集める金融の力が一層強くなった。国内的にも国際的にも貧富の格差は広がり、少数の富裕層が世界の資源の大部分を手にする代わりに、大多数の庶民の暮らしは一層不安定になった。これからの経済成長政策も、この傾向を更に助長こそすれ、改善にはならないだろう。

したがって、今の政治に必要なことは、経済成長を促すことではない。環境負荷、資源の持続性を考えたら、むしろ経済は縮小させるべきなのだ。それに際して、政府が負うべき最も重要な責務は、如何に余分な財政支出を抑え、資源を平等に分配し、不公平をなくすかである。

政府の役割は経済成長させることではない。経済成長のための政策は、結局は、日本やアメリカの政権が最も嫌う「計画経済」と同じことだ。民主主義の政府の役割は、公共事業と不公平防止の二つに尽きる。公共事業は防災、警察、司法、教育、医療衛生などである。不公平防止とは、スポーツの規則と審判のようなもので、自由な経済活動のなかで生じる不公平/不平等を防止する法律を作り、監視することである。適切な規則と審判の下で自由な経済活動を行うのは、企業や個人に任せればよい。

経済成長が可能でも必要でもないこの時代に、相変わらず経済成長政策しかない安倍政権は、民主党政権がそうであったように、早晩、何の成果もあげられずに崩壊する運命にある。
2013年1月25日

  1. 2013/01/25(金) 17:15:41|
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