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縮小の時代

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経済や企業の拡大は弱体化につながる

日本銀行が30日に金融緩和追加を決めたことを各新聞が報道している。主な内容は、資産買い入れ資金の増加、低金利(0~0.1%)の継続で、インフレ率1%が目標だという。要するに、借金を奨励し、個人消費や企業の投資を拡大させることである。

インフレ1%の目標とは、現在のインフレ率が高いからそれを下げるための目標ではなく、逆に、インフレ率を高くする目標である。東京新聞の今日の社説は、これでも不足で、他国並みの2-3%に引き上げるべきだと言っている。あるインフレ率が必要ということは、最低所得の人間でもそれ以上の所得増加があることが前提でなければならないから、GDPはそれ以上の増加が必要である。さもなければ金持ちだけが一層金持ちになり、貧しい人は一層苦しむ悪い社会になってしまう。

低金利とは日銀が都市銀行に貸し出す金利、或いは銀行間で一時的に貸し借りする際の金利のことで、実際に企業や個人が銀行から借りる金利はこれよりずっと高い。企業が銀行から借金すれば、必ずその利子をつけて返済しなければならず、そのためには、返済額以上の利益をあげなければならいのは言うまでもない。

しかし、現在の日本には、それだけの利益が上がる見込みのある投資先は非常に少ない。かのバブル時代には、銀行の甘言に載せられて多額の借金をして事業拡大を図り、結局は倒産を余儀なくされた企業が数知れない。銀行も損をするが、大銀行は政府資金の投入で助けられるのに対して、倒産した中小企業はどこからの助けもない。経済拡大の余地が非常に少なくなっている現在では、企業が一層借金に慎重になるのは当然である。

経済成長の方法には生産力の向上と需要の拡大がある。ケインズは需要拡大、そのための公共投資を重視したが、その後の経済成長に最も貢献したのは技術革新だった。製品技術の開発が需要を増やし、生産技術の改善は生産力を増やした。現在の成長政策も、新たな技術革新が重視されているが、公共投資を増やすというケインズ政策も依然として重視されている。

現在の経済成長政策は、資源が無限にあるということだけでなく、需要が無限に増加することも前提になっている。経済成長論の元祖的存在であるアダムスミスは、それ以前の一般的な観念と同様に、生活の一応の必要が満たされればそれ以上の需要拡大はないと考えてえていたようだが[1]、その後の技術時代がそれを打ち破り、必要(needs)は満たされても、常に新たな欲求(want)が開拓され続けてきた。
[1]Robert & Edward Skidelsky "How Much is Enough?" Other Press, 2012

しかし、資源に限りがあるのと同様に、需要もやはり無限には拡大せず、必ず頭打ちになる筈である。森羅万象、物質的であるなしにかかわらず、無限の拡大はあり得ないのが真理だろう。以前には「三種の神器」などと言われて、次々と世に現れる新製品が生活水準の向上に大いに貢献したが、現在の先進国には、すでに生活に必要な物以上に物が溢れ、生活水準のこれ以上の向上に結び付くような新製品が現れる余地はあまりない。僅かに、一部の情報機器では絶えず新型製品が話題にされるが、それも生活水準に大して寄与するものではないし、ブームがいつまでも続くとは考えられない。無理な投資による経済成長は、仮に成功しても、一時的な見かけに過ぎず、社会の変化に対する適応力を弱体化し、次のより深刻な不景気の到来を促すだけである。

企業経営の最大の目標は拡大にあるとされているようだ。どの企業も競って拡大を図り、拡大に成功した経営者は世間でも神様のようにもてはやされる。現在の企業はあの手この手で需要を掻き立て、需要のギリギリまで生産力を増強しようとする。しかし、いくら需要の掘り起こしに躍起になったところで、それは、大して必要でもない無駄な消費を煽るだけである。そのような無理な需要は長続きするものではないが、いったん拡大した生産力は、需要の変動に対応できず、需要が減少すればたちまち生産力が余り、経営難に陥ってしまう。倒産しなくても、経営縮小により大量の解雇をし、労働者を苦しめることには変りない。このような例は、自動車や家電など花形の製造業にも、スーパーなどの小売業にも非常に多い。現在は、企業の拡大は却って状況の変化への対応力を損ない、企業体質を弱体化させるだけである。

何百年も続いている老舗には、無理な拡大をしないところが多い。売れるからと言って次々と拡大すれば、必ずいつか痛い目に会うことをよく知っているのである。需要に余裕がある方が企業は安定するから、売れるだけ生産設備を拡張するのは安定を損なうことである。無理な拡大をせず、安定した経営により、自己資金が蓄積して将来への不安も減少する。綱渡り的な経営に神経をすり減らす必要がないから、より生きがいのある経営方法や人生を楽しむことができる。製造業でも同じことが言えるだろう。競争がそれを不可能にするというのなら、そんな競争を制限する方がよほど優れた政策になる。

経済成長は資源的にも需要の面でも限界に達しているという現実にもかかわらず、政府も日銀も、財界も、相変わらず今までと同じような経済成長の幻想に浸りきっている。これでは何をやってもうまく行かないのは当然である。もはや成長の時代ではなく、縮小の時代であることに一日も早く目覚めて方向転換することが、日本を、世界を救う道なのである。
2012年10月31日

  1. 2012/10/31(水) 16:57:30|
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