FC2ブログ

縮小の時代

身勝手なリスク論

原子力発電を推進または容認する人は、リスクより便益の方が大きいと考えるからだろう。原発だけでなく、今日の環境や安全問題はみなこのようなリスク評価に関わっている。

だが、それは本当に正しい考え方か?

原発で便益を受けるのは、原子力関連企業、電力会社、それらの企業とつながる政庁、莫大な補助金を貰う地元の自治体や住民、御用学者、電気をじゃんじゃん使う人、電気の浪費をけしかける家電企業など。危険を受けるのは世界中のすべての人間。小さな子供や、まだ生まれていない将来の人間にも危険が及ぶ。原発が世界中に広がれば、やがて人類が滅びる危険さえある。

でも、原発関係の企業とは関係なく、無駄な電力を使わないでつつましい生活に心掛ける人、原発を要らないと思っている人達、それに人間以外の生き物には何の便益もない。便益がないのに危険だけを被る。受益者と受害者が違うのだ。世界中には便益がなく危険だけを被る人の方が多い。これは不公平だ。原発の便益をいうなら、危険を受けるのは自分だけにし、他人には絶対危険を及ぼしてはいけない。それが不可能なら原発は人道に反する。

放射線医療は便益も危険も患者自身が受ける。便益を受けない他人にはあまり危険がない。
飛行機の危険は乗る人にかかる。飛行機に乗る人は便益もリスクも自分で受ける。もっとも、墜落して便益を受けていない第三者に危険を及ぼすこともある。しかし、極めて稀だし、加害者が明確だから、命の補償は無理でも、経済的な補償はできる。飛行機による大気汚染は飛行機の便益を受けない多数の人間にも危険を及ぼす。だから飛行機の多用は問題だ。

自動車は飛行機に準ずるが、便益を受けない人への危険率は飛行機よりはるかに高い。便益を受ける人といっても、本当は自動車など使いたくないし、世の中にこんなに多くの自動車がなくてもいいと思っていても、自動車がなければ不便な社会にされて仕方なく使っている人も多い。自動車もまた、便益を受けない人にも多大な危険をおよぼす不公平な乗り物だ。

化学物質による環境汚染も、受ける必要のない人にリスクを押し付ける。化学物質が大きな便益を与えているといっても、たいていの場合、企業が沢山作り、沢山売るために便利というだけで、消費者の受ける便益は、いわば押し付けられた便益である。本来は不要なのにそれしか選択の余地がないだけだ。

リスク評価というものは、たいていの場合、受益者の立場に立つもので、被害者の立場に立っていない。便益を受けない人、便益を受けたくない人にまでリスクを及ぼす非道理を顧みないリスク論が横行している。
(2011年5月8日)
  1. 2011/05/08(日) 16:53:29|
  2. 原発
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<「この程度の放射線は健康に全く影響ない」は科学的精神にもとる | ホーム |

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://shitou23.blog.fc2.com/tb.php/1-dcac25d1
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

石田靖彦

Author:石田靖彦

フリーエリア

最新記事

----------

過去の記事一覧

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (15)
環境 (20)
エネルギー (29)
原発 (45)
伝統文化 (0)
科学と技術 (21)
政治 (12)
政治・社会・経済 (48)
文化 (3)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR