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縮小の時代

熊の射殺に思う

4月20日、秋田県八幡平の熊牧場で飼育中の熊が逃げ出し、従業員2名が襲われて死亡した事故で、逃げ出した6頭は地元猟友会がすべて射殺した。熊の飼育は、客に見せることが目的だという(jiji.com 4月20日)。見世物にしてカネを儲けるために人間が動物を飼育するのも、ずさんな管理で逃げ出して人間を襲ったからと言って射殺するのも、あまりにも人間の身勝手である。熊には何の責任もない。射殺したことに対する批判的な報道が全くないのも残念なことである。

人間が何か事件を起こしても、精神鑑定して判断力がないと認められば罪を問われない。仮に事件を起こした人が逃亡中で、他人に危害を与える恐れがあっても、見つけ次第射殺するなどということは絶対にありえないだろう。まして、人間社会の善悪に関する概念の全くない動物なら、なおさらである。

今回は檻から逃げた飼育動物だが、野性の熊や猿が町や村に出没する場合も同じである。人間を襲った場合はもちろん、農作物を荒らしたというだけで、射殺してしまうことがしばしばある。動物たちは、人間の泥棒や強盗のように犯罪を犯すつもりで人を襲ったり畑を荒らしたりするわけではないだろう。人間によって自分達の山を荒らされ、食糧が不足してやむなく村里に降りて来たのだ。もとはといえば人間が悪い。

せめて、射殺でなく、投網や麻酔弾などで捕獲し、山に返してほしいものだ。
動物の生命を軽んじることは、結局は人間の命も軽んじることに通じる。地球環境はすべての生物が共同で作り上げ、共同で利用し、共同で守るべきものである。ところが、現在の人間は、昔と違って、動物たちと共生しながら猛獣から身の安全を守るというやむを得ない理由からではなく、ただ人間世界だけをむやみに拡大し、金儲けのためだけに動物を追い払い、虐待している。数ある生物種の一つに過ぎない人間だけが地球の王様のようなつもりで他の生物を勝手に殺生与奪すれば、いつか必ず自分自身に報復が返って来る。

動物園は昔から人気がある。珍しい動物をこの目で見たいという気持ちは誰にもある。動物園には教育、動物の研究、動物の保護の役目もあるだろう。だが、今や動物園が本当に必要かどうかは大いに疑わしい。しかも、大部分の動物園はただ客寄せのため、金儲けのために過ぎない。上野動物園のパンダとて同じことである。現在は珍しい動物の生態も映像で見ることができる。実際に見るのと多少は違っても、だからどうだというのか。それより、動物はすべて本来いるべき土地に返し、人間から解放して好きなように生きさせる方がよい。研究や保護のための施設も動物の故郷に造ればよい。日本にアフリカの動物の研究施設は必要ない。檻の中にいる動物を見ても何の勉強にもならないし、むしろ逆に動物に対する時代遅れの感覚を醸成するだけである。
2012年4月20日


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  1. 2012/04/20(金) 22:06:19|
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