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縮小の時代

鉢呂経産相の辞任と被害者の気持ちの逆なで

今の日本は誰が首相になっても、誰が大臣になっても、全く期待が持てない。理念も理論も貧弱な国会議員ばかりだからである。それでも、鉢呂経産相は今まで原発推進の大本営だった経産省の大臣として、初めて脱原発を公言した。これで日本の原発政策も根本的に変る可能性があると、ほんの少しの期待を抱かせた。ところが、就任僅か数日で舌禍のため辞任することになった。

原発事故の避難地域を死の町と表現したことに対する批判については昨日書いた。もう一つは、毎日新聞の記者に「放射能つけるぞ」とふざけたことである。これが被災者を冒涜するとんでもないことだと、マスコミや野党のみならず与党や総理からも非難が集中した。

「放射能つけるぞ」は、取り囲んでいる報道陣の1人(毎日新聞記者)に、個人的に、多少のふざけ心で言った言葉らしいが、正式な発言ではないから、実際にこの通り言ったのかはわからない。しかし、どのように言ったにせよ、これを被災者の心情を逆なでしたとマスコミも政治家も大げさに捉えて辞任まで追い込むとは、馬鹿馬鹿しいの一言に尽きる。

鉢呂大臣が、被災者を軽視したり馬鹿にしたりしてこの言葉を発したのでないことは明白である。放射能が目に見えない恐ろしいものであることを、このような仕方で表現したのだと思う。幼稚で格調のない表現であることは否めないが、これを被災者への冒涜だというのは、単なる揚げ足取り以上の何物でもない。寄ってたかって鉢呂氏を攻撃するのは、やはり経産大臣として初めて脱原発の意思を公表したからだと勘繰らざるを得ない。

「死の町」とか「放射能つけるぞ」と言ったことが、それほどの被災者冒涜というのなら、原発事故でこれほど多くの人が苦しんでいるのに、いまだに原発は必要だという言葉は、それ以上の被災者冒涜ではないだろうか。裁判では年間5ミリシーベルトの被曝による死亡や障害を労災であると認定しているのに、100ミリシーベルト以下なら影響ないと言ったり、基準を20ミリシーベルトにしてしまう政府やそのお抱え学者は、既に労災で苦しんでいる人達の心情を逆なでしているのではないか。

職がなくて苦しんでいる若者達、職はあっても厳しい労働条件にあえいでいる人達を、努力が足りないとかやる気がないせいにしてしまうのは、「放射能をつけるぞ」などより遥かに困っている人達の気持ちを逆なですることではないのか。

環境問題、経済問題、米軍基地の問題、その他の問題について、自民党はいままでどれほど被害者や弱い者の心を踏みにじって来たのか。民社党政権になってもほとんどそれに変わりはない。マスコミもそれに乗っているだけだ。日本の政治そのものが、被害者の気持ちを常に逆なでしているのだ。
2011年9月11日


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  1. 2011/09/11(日) 11:02:26|
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