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縮小の時代

放射能は怖いという感覚は正しい

多くの人が放射能に不安を感じている。それは過剰反応だと言う人がいる。
しかし、放射能への恐れに過剰はない。どんなに少量の放射線でも、害が絶対に現れないという保証はない。今すぐでなくても、いつか害が現れて来るかも知れない。何か月無事なら、何年無事ならその後は大丈夫という期限もない。しかも、現れたら命にかかわる非常に恐ろしい害だ。

放射線は目に見えない。熱さも痛さも何も感じない。そこにあるかどうかわからない。だから余計に怖い。こういうものに恐怖を感じるのは、人間の正常な本能である。放射線に敏感な子供は、どんなに少しの放射線からも守りたいというのは、子を思う親の本能である。

過剰反応だ、怖くない、心配するなどと言う人は、決して怖がる人を思って言っているのではない。それより自分は原発が欲しい、カネが欲しい、電気が欲しい、便利な生活が欲しいという、欲張りが勝っているだけだ。自分の欲張りのために、怖がるという健全な本能を捨てよと他人に迫っているだけだ。

正しく怖がる、などというのは詭弁である。どんな放射線がどのくらいあるかも、低放射線の害についても、何もわからないから怖がるのだ。わからないことに対して正しいも正しくないもないではないか。

分からないものを怖がるという本能のおかげで人間は数々の難を避けて来た。自分自身で安全を確信できる根拠がない限り、避けるのは当然で、それを風評被害と断ずるのは、正常な人間の正常な防衛本能を非難していることだ。

放射能に対する人々の不安が広がり、脱原発に世論が傾き始めたとすれば、ようやく人間が正常に戻りつつあることを示す、良い兆候である。人よりカネの方が大切だと思っている経済界やそれに巣くう学者、専門家、中央と地方の政府、報道機関は、放射能に対する人々の恐怖心をあの手この手で除こうとしている。恐怖心や心配を、知識水準が低いせいにしようとする。これに乗せられることなく、恐ろしいものは本能に従って怖がるのがよろしい。
2011年7月12日


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