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縮小の時代

非再生可能資源の利用:H. デイリーの原則について

持続可能な社会(6月11日記事)であるために最も重要な条件は環境の持続可能性である。環境は生命や経済の存在に不可欠なすべての物質の供給源であり、かつ廃棄物の吸収源だから、環境破壊は食糧が断たれるようなものだ。世界中が残り少ない資源を仲よく分け合うことができればよいが、奪い合い、弱肉強食、不正が横行して社会の崩壊に至る公算が大きい。

環境の持続可能性を保つための人間の行動原則として、ハーマン=デイリーが提唱している三原則がよく知られている:
(1)再生可能資源の年間収量は年間再生量を超えない;
(2)廃棄物の排出量は、環境の同化容量を超えない;
(3)非再生可能資源を採掘した量だけその代替となる再生可能資源を創出(creation)する。

(1)と(2)は容易に理解できるが、(3)はちょっと分かり難い。化石燃料などの非再生可能資源は新たには生成されていないのだから(現在も生成中という説もあるらしいが、仮に生成中でも消費量に比べれば微々たるもので無視できる)、少しでも消費すればいつかは必ず枯渇する。かといって、全く使わないわけには行かない。そもそも、全く利用しないのなら資源の意味はない。

そこでデイリーは、非再生可能資源の準持続可能な利用方法として(3)を提案し、その意味を次のように説明している:
例えば、石油を採掘したらそれを一般消費に使う収入 (income)に相当する部分と、再生可能な代替資源(アルコール生産用の樹木の栽培など)に投資する資本(capital)に相当する部分に分ける。その分割の仕方は、石油資源がなくなった時に、資本部分の投資によって毎年繰り返して生み出される再生量(yield)が、収入部分として使われた消費量と等しくなるようにする。
DALY, Herman H. "Toward Some Operational Principles of Sustainable Development", Ecological Economics, 2, 1990, p1-6 )

しかし、このデイリーの原則(3)にも問題がある:
まず、これは金属資源には当てはまらない。ある金属を使ってその金属の代替物質を造り出すことは、どんなに技術が進んでも不可能である。もっとも、金属材料はエネルギー(および労働)さえ投ずれば限りなく100%に近いリサイクルができるから、金属資源の問題はエネルギーの問題に還元できる。

デイリーは代替再生可能エネルギーの例としてバイオマスを挙げている。しかし、バイオマスの再生可能量は現在の化石燃料消費に比べて遥かに少ないから、いくら化石燃料を投じても量的に代替となるバイオマスを創出することは事実上不可能である。したがって、デイリーの代替とは、実際には、年間に使えるエネルギー量がバイオマスの再生能力に適合できるように、エネルギーの消費規模を縮小して行く努力を前提とする。

また、太陽光発電や風力発電が真の再生可能エネルギーでないことは5月22日の記事に書いた。結局、どんな資源も他の資源や技術で完全に代替することはできない。一つの資源にも種々な用途があり、ある用途だけは他の資源や方法で代替できても、すべての用途の代替は不可能なのである。だからこそ多様な資源が使われているのだし、技術の複雑化によってますます多様化しつつある。

持続可能性には弱持続可能性(weak sustainability) と強持続可能性(strong sustainability)の考え方がある。前者は人工資本(生産物や生産装置など)が自然資本の代替になり得るとするもの、後者は、人工資本と自然資本は相互補完の関係にあって代替するものではないとする。デイリー自身も、エコロジー経済学者のほとんどは、強持続可能性の立場から自然資本はそれ自体保護されるべきだと信じており、自分もその一人だと書いている(DALY, Herman H. "Ecological Economics and Sustainable Development", Edward Elgar, 2007, p15)

結局、非再生可能資源は、将来の世代が不足しないような使い方をするしかない。具体的には、可採年数を減少させないように、年間消費量を年々削減してゆくことである。可採年数は確認埋蔵量(Reserve)を現在の年間採掘量(Production)で割ったもの(R/P)であり、確認埋蔵量は一般に現在の技術で経済的に採掘可能な残存資源量(確認埋蔵量)を意味する。

石油の生産量は既に歴史的な最大値を超えたという説(peak oil)が有力であり、今後は需要の増大に反して生産力は落ちてゆくことが予想されている。一方、石油の確認埋蔵量は約40年という数値がここ何十年も続いているが、詳しい情報は産油国が秘密にしており、科学的な信憑性が疑われている。石炭もまだ何百年分あると言われているが、最近は石油と大差ないという報告も出ている。

ともかく、化石燃料、特にオイルシェール、シェールガスなどでない従来型の化石燃料の持続可能な消費のためには、国際的な消費制限が必要である。そのためには、埋蔵量確認は第三者が科学的に行い、その情報を公開することが先決となる。いずれも現在は非常に難しいが、それは人為的な理由によるものだから、合意さえできれば実施可能である。将来のために世界が協調し、具体的な方法のために知恵を出し、それに向かって努力することが、現在の人間に求められている。
2011年6月13日


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  1. 2011/06/13(月) 16:27:51|
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