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縮小の時代

オリンピックやカジノで震災復興?

石原都知事がまた懲りもせず東京へのオリンピック招致を表明したそうである。震災復興を一つの理由にしている。日本オリンピック委員会はもちろんのこと、政府の東日本大震災「復興構想会議」まで、大賛成のようである。石原知事は前回の立候補に150億円(うち100億円が都の負担)もの費用をかけたが招致に失敗した。知事はその出費を痛くもかゆくもないと豪語しているという(朝日新聞6月68日朝)。

沢山の施設ができ、外国人で賑わい、消費が増えればそれが都市の大進歩だという考えは、世の中が貧しく、経済成長さえすれば文化的で幸せになれると信じ込み、しかも高度成長が可能でに思えた時代の考え方であって、現在の目から見ると時代遅れも甚だしい。

オリンピックのような一時的なバブル経済が震災の真の復興に役立つのだろうか。真の復興はグローバル経済に翻弄された脆弱な地域経済ではなく、地産地消を目指した、種々な災害や社会の変動にも強い、弾力性のある土着の経済でなければならない。そういう復興構想会議にはそのような大構想があるのだろうか。

これ以上経済成長しても格差がなくなり、人々の福祉と幸福を増大させる見込みは全くない。現在の経済規模はすでに地球の容量を超え、遠からず破綻するのは確実である。オリンピックで賑わっても、無理して咲かせた一時的なあだ花に過ぎず、負の遺産の方が大きい。東京都民もこのことを感じているはずである。痛くもかゆくもない100億円ならなおさら、もっと有効な使い道は他にいくらでもあるはずだ。

現在のオリンピックは経済目的か国威発揚のいずれかという邪道に陥っている。選手にとっても自分の名声と収入のためのスポーツになっており、スポーツ精神はほとんど見えない。勝つことに特化した訓練にすべての時間をかけ恵まれた選手だけが出場する。勝敗は用具の技術に左右される。新聞やテレビにとって見せるスポーツは大きな金づるだから、スポーツを必要以上に美化し、ドラマ化して人々を見世物スポーツの信者に洗脳する。

都知事はメダルを沢山とって欲しいとJOCに要望したそうだ(WEBロイター6月24日)。人口の多い大国がカネをかけて大量の選手を送り込めば、メダルを沢山とるのは当たり前で、そんなことは民族の誇りにも国の誇りにもならない。むしろ思想や文化の幼稚さを表すだけだ。

石原都知事は、震災復興のために東京にカジノを造ることまで構想しているという。東京はラスベガスやモナコとは違う。第一に、東京は巨大である。いくらカジノが栄えてもそれが東京の経済に与える物は何もない。それとも巨大な東京が潤うほど巨大なカジノを造ろうというのだろうか。仮にカジノでいくら栄えても、所詮はあぶく銭に過ぎない。そんなカネで潤っても、住民にとって誇れるわが町にはならない。第二に、東京は日本の首都であり、日本の顔である。文化国家日本の顔をカジノなどで化粧して欲しくない。
2011年6月28日


  1. 2011/06/28(火) 12:14:22|
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