FC2ブログ

縮小の時代

信頼こそ財産のはずだが

放射性物質の汚染は神奈川茶から静岡茶にも及び、厚労省は1都13県に対して、生茶葉を蒸して乾燥させた荒茶にも放射能調査を実施するように要請した。

これに対して静岡・神奈川・埼玉・栃木などの各県が要請を拒否したそうだ。静岡県の川勝知事は、拒否の理由として、「消費者を混乱させることをすると、余計に政府に対する不信も高まりかねない」と調査しない方針を示し、「消費者に渡る飲用茶と生茶葉について、全県で調査が終わっているので、これで十分だと思っている」と語っている(5月19日読売)。

水分が抜けた荒茶は生茶葉よりkg当り放射性物質が多くなるので、生茶葉では基準値以内でも、荒茶は基準値を超えることがある(注参照)。市販の茶は荒茶を更に加工したものらしいが、放射性物質の量は荒茶と大差ないと思われる。しかし、お湯を注いで飲むお茶は基準以下だから問題ない、というのが拒否の考え方である。
(注)野菜の暫定基準はヨウ素2000Bq/kg、セシウム500Bq/kgだが、生茶葉からヨウ素は検出されなかったとのこと。

だが、この調査拒否は小のために大を失う愚ではないのか。

消費者が混乱するから調査しないというのは、消費者を馬鹿にしている。消費者が混乱するのは、真実ががわからないからである。消費者が必要とするのは、自ら安全性を判断するための判断材料であって、生産者の勝手な安全宣言など何の役にも立たない。これは、今回のお茶に限らず、食品の衛生問題すべてについて言える。

消費者は、自ら安全の確認ができず、危険の程度もわからない商品には手を出さない。これは消費者の当然の自衛行為だから、風評被害と決めつけて消費者の誤りにしてはいけない。

荒茶の測定をしなければ、消費者が買うお茶の放射性物質がどれだけ基準値を超えているかわからない。口に入れるのは普通の飲み方だけとは限らない。茶筒のお茶から高い放射線が出ているかも知れないと思うと、安心して置いておけない。こうした不安がある限り、消費者はお茶を買うのをためらうだろう。

荒茶の調査をしなければ消費者の信用は得られない。製品のお茶だけでなく、同じ生産者の他の製品にも、このような生産者のなすことすべてにも信用がおけなくなる。海外から見れば、日本の食品全体の信用にも傷をつける。荒茶の調査を実施し、放射線が基準値を超えたら出荷せず、損害の賠償は東電に請求するのが筋である。

商品に限らず、すべては信用第一である。健全な社会は信用によって成り立つ。信用を大切にしない社会はすべてを疑わなければならない、二流、三流の社会でしかない。今回の原発事故もまた、信用できない人間の集団が起こした。
2011年5月24日

スポンサーサイト



  1. 2011/05/24(火) 15:16:04|
  2. 原発
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

プロフィール

石田靖彦

Author:石田靖彦

フリーエリア

最新記事

----------

過去の記事一覧

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (15)
環境 (20)
エネルギー (29)
原発 (45)
伝統文化 (0)
科学と技術 (21)
政治 (12)
政治・社会・経済 (48)
文化 (3)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR