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縮小の時代

自然電気って何? ― 再生可能エネルギーの本当の意味

自然電気という言葉は聞いたことがないが、もし「自然電気って何?」と誰かに聞いたら、おそらく100%の人が「雷のことでしょう?」と答えるだろう。

それに対して「いやいや、そうじゃない、太陽電池や風車で起こした電気のことを自然電気と言うんだ」と言ったら、小学生でも「おじさん、それは変だよ」というに違いない。

「どうして変だと思うの?」聞き返したら何と答えるだろうか。子供はその理由をうまく説明できないかも知れないが、「太陽光発電や風力発電は人間が作った複雑な技術だから、その電気は自然ではない」という意味のことを、一生懸命説明しようとするだろう。そういう子供の感覚は正しい。

だが、この変な言葉を日本中の人が変ではないと思って使っている。技術者や学者までもそうだ。太陽光発電や風力発電の電力を自然エネルギーと呼ぶのは、それを自然電力と呼ぶことに等しいのだから。

今日の朝日新聞「ニュースがわからん」では、「再生可能エネルギーって何かしら」という問いに対してA氏はこう答えている:
「風力や太陽の光、地熱のように使ってもなくなる心配ないエネルギーの事だ。火力発電や原発に使う石油、天然ガスやウランなどは「限りある資源」だけど、それらとはちがうもので、自然エネルギーと大体同じ意味だ」
更に、バイオマスも育て続ければなくならないから再生可能で、川で水車を回すような小さな発電も自然エネルギーだとも言っている。

A氏によると、
再生可能エネルギーは自然エネルギーと大体同じ意味;
石油や天然ガスは限りある資源だから自然エネルギーではない;
である。朝日新聞は、これが社会一般に通用している定義だとしているが、そう書くのは記者自身もそれを疑わないからだろう。

再生可能エネルギー = 自然エネルギーとするから、必然的に、石油や天然ガスが天然にしか存在しないにもかかわらず、自然エネルギーではないと言わざるを得なくなる。論理が破綻している。物事を論理的に矛盾なく説明するためには、矛盾のない、定義のはっきりした用語を使わなければならない。

物理学的には一つの物理量でしかないエネルギーに様々な呼び方があるのは、エネルギーの形態(熱エネルギー、位置エネルギー、運動エネルギー、化学エネルギー、電気エネルギーなど)、或いはエネルギーの媒体(石油、石炭、天然ガス、バイオマスなど)が異なるからである。太陽エネルギー(電磁波エネルギー)や原子力エネルギー(核エネルギー)はエネルギーの形態を表すとも言えるし媒体を表すとも言える。

正しい定義は次のようなものではないだろうか:
“自然エネルギーとは、人間の手が入っていない、天然に存在するままのエネルギーの媒体またはエネルギーの形態を言う”;
“再生可能エネルギーとは、実質的に無限の長期間にわたって利用可能なエネルギー媒体またはエネルギーの形態を言う”

上の定義からは、こんなことが言える:

自然エネルギーか否かは資源が有限か無限かとは関係ない。化石燃料も自然エネルギー。

自然エネルギーか否かの区別は必ずしも明確でなく、自然度が高い(人工度が低い)ものから低い(高い)ものまでいろいろある。バイオマスでも、切り揃えて束ねた薪の自然度は高いが、木炭、バイオエタノールの順に自然度が低くなる。バイオマス発電は非常に自然度が低い。一般に、電力は自然度が最も低いエネルギー形態である。

有限な資源を使って変換したエネルギーは再生可能ではない。電力はその最たるもの。電力は生産だけでなく、使うためにも非常に多くの再生不可能な資源を必要とする(電気器具など)。

再生可能エネルギーは総量は無限だが一度に使える量は必ずしも無限ではない。実際は一年間に再生される量は限られている。

真の再生可能エネルギーはバイオマスしかない。しかし年間に使用できる量は有限である。再生可能エネルギーを主体とした社会を目指すには、エネルギーの年間消費量を大幅に下げなければならない。
2011年5月22日

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  1. 2011/05/22(日) 12:33:31|
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