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縮小の時代

原発の安全管理に必要な条件

原発を推進または容認する人は、大事故の防止や放射性廃棄物の安全管理が可能であるとの大前提に立っている。現在の日本の原発を批判しながら原発そのものには反対でないという立場を取っている学者達も、あらゆる天災を想定し、不慮の事故に備えて何重にも防御施設を整え、常に万全の注意をもって管理すれば問題ないと思っているのだろう。

そのような完璧な管理が仮に不可能ではないとしても、それには数々の条件が必要である。まずは莫大な費用と沢山の人材が要る。もちろん、技術力も要る。それらを使うには組織力も必要だ。

金と人と技術がいくら揃っても、安全管理を実施させるのは公正で民主的な政治力である。現在と将来の国民の安全と健康より目先の企業利益を重視するような政治では、法的な規制も行政による監視も国民より企業を守るためのものになってしまう。

上の諸条件にもまして重要なものは道徳心である。公正な政治は政治を預かる者の社会的責任感がなければ生まれないし、厳しい安全規制があっても、実施する企業に社会的責任感がなければ有効に働かない。福島原発事故は、政府にも企業にも社会的責任感が欠けていることが最大の原因だとも言える。政府や企業に道徳を守らせるのは、結局は国民の知性である。

上に挙げたすべての条件も、健全な地球環境が保たれ、社会が必要とするだけの食糧や資源があってこそだ。食糧や資源が不足して奪い合う世の中になれば、経済力も組織力もなくなり、社会は乱れて公正な政治も企業道徳もどこかにいってしまう。

そんな社会になれば、原発の管理はおろそかになり、必ず事故が起る。事故が起きても誰も責任を取らず、対応する力もなく、現在の福島原発でやっていることさえできなくなる。多くの人間が甚大な被害を受け、被害は外国にも及ぶ。土地は荒廃し、ほとんと未来永劫に使えなくなる。

一度原発を造ったら最後、使用済みの核燃料や廃炉後の放射性物質も、何百年、何千年にわたって高度な管理を永久に続けなければならない。そんな長きにわたって原発の完璧な管理を可能にする恵まれた社会が続くことなどあり得ないことである。原発そのものには反対ではないという人達は、このことをどう考えているのだろうか。

将来の社会がどうなるかは、10年先でさえ誰にもわからない。まして、人間は、急速な勢いで地球環境を蝕んでいる。食糧、エネルギー、資源の不足時代が来るのはもはや時間の問題で、危機は何かのきっかけで突然顕在化するだろう。それが明日でもおかしくない。

更に恐ろしいことに、前述した原発管理の諸条件を現在でも満たせそうもない国に、原発が広がろうとしている。日本や先進国が原発を続ければ、原発の世界的拡散を止めることはできない。社会の不安定要因が増して管理能力が衰えてゆく世界に原発が増えてゆくのである。

日本の大企業は金儲けのために世界中に原発を売り込もうとしており、政府もそれを技術立国だと応援している。原発事故の被害に国境はない。原発輸出は人類の自殺行為に等しい。

人間社会は自ら作り出した技術によって滅びることになりそうだ。そういえば、昔から文明や社会の崩壊はすべて技術が原因だった。金属の使用で森林が採り尽くされ、灌漑で土地が塩化した。新兵器を持った外敵に滅ぼされた。技術そのものが文明を滅ぼしたのではなく、技術を使う人間が滅ぼしたのである。
(2011年5月12日)

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  1. 2011/05/12(木) 13:45:41|
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